小説

『くじの糸』青木敦宏(『蜘蛛の糸』)

「直接通路の申請はしなかったんですか? 間接通路はここ数年、使われていませんよ」
「たった今、申請したところでして。とりあえず間接通路ならすぐに使えると思って」
 福之平は蜘蛛の糸をほどきながら答えた。
「そうですか。利用が終わったらそのままにしておいて下さい。今日は仕事納めなので」
 そうか、ここも仕事納めだった。
「ひとつ教えてください。直接通路の利用時間は、何時まででしょうか?」
「24時間です。17時に係員は居なくなりますが、利用申請済みの方には影響ありません」
 よかった。なんとかなりそうだ。
「わかりました。ありがとうございます」
 福之平はターゲットの座標を確認してから、ほどいた蜘蛛の糸を宝くじに結び、地上目指して下ろしていった。
「さあ、拾え・・・拾ってくれ」

 奸田太一はベンチに座ったまま、何度目かの深いため息を吐き、競馬新聞を捨てようと立ち上がった時、何かが新聞から落ちた。
「なんだ?」
 ひらひらと落ちた紙切れを拾うと、一枚の宝くじだった。
「宝くじ・・・しかも去年のか」
 くしゃくしゃに丸めて、新聞と一緒に捨てようとしたその時、「やめろ」と誰かに言われたような気がして、辺りを見回した。忙しそうに人が行き交い、太一に注意を払う人はいない。
「気のせいか・・・それにしては、はっきりと聞こえたような・・・・・」
 丸めた新聞を開いて、捨てようとした紙切れを、もう一度よく見た。去年の年末ジャンボ宝くじだ。じーっと宝くじを見る太一に、また声が聞こえた。
「それを持って銀行へ行け」
誰だ? 咄嗟に声の方向を見たが、そこには壁があるだけだった。太一は気味が悪くなり、急いでその場を離れることにした。後ろを振り返りながら地下街を進むうちに、街の中心部に出た。みずほ銀行の文字が目に入る。
丸めた宝くじをポケットから出して、つい今しがた聞いた声を思い出してみた。拾った宝くじを銀行へ持っていけ?・・・ふん、そんな馬鹿がいるものか。
 しかし、宝くじを捨てようとしても、手が固まったように動かない。捨てては駄目だと、勘が言っていた。ばかばかしいと思いながらも、太一は地下入口から地上一階へ上がり、拾った宝くじを銀行窓口へ差し出した。窓口の女性はよれよれの宝くじを受け取り、
「いらっしゃいませ。少々お待ちください」

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