小説

『くじの糸』青木敦宏(『蜘蛛の糸』)

 貢子と知美はファミレスで食事をして、職場の愚痴を言い合ってから、太一に連絡を入れてみた。
「この時刻なら居ると思うんだけど・・・携帯がつながらない」
「なら、直接行こうか」

 その頃、当の太一はビールで盛大に乾杯をしてから、一億円分の札を部屋いっぱいに敷き詰めて、札びらのシャワーを楽しんでいた。
「ヒャッハー、とったどー!」
 その声は隣と下の階に響き渡り、大家への苦情連絡が何度も入った。
 大家の田中は、苦情の元が太一の部屋だと知って、
「夜中だというのに・・・今日こそは許さん。溜まりに溜まった家賃を払ってもらうぞ」
 意気込んで、自宅から5分の賃貸アパートへ向かった。

「了解。これから向かいます。」
「何の連絡ですか?」
 コンビニで飲み物を買って戻った後輩の加藤が、先輩の須々木に尋ねた。
「ただの酔っぱらいだろう。大騒ぎしてうるさいってさ」
 まったく、年の瀬に迷惑な奴だ。厳重に注意してやろう。3分もあれば着く距離だ。
 二人は車で現場へ向かった。

 ピンポンピンポンピンポン
「うるさいなぁ、誰だ? 灯りを点けているから居留守は使えねーな」
 太一は仕方なく玄関へ行って、ドア越しに声を張り上げた。
「誰? 忙しいんだけど」
「貢子だけど、開けてくれない?」
 貢子・・・あ、金を借りたままだった。宝くじのことがあったせいで、すっかり忘れていた。
 太一は振り向いて自分の部屋を見ると、一万枚の紙幣が、部屋いっぱいに散らばっている。とても数分では片づけられない。
 まあ、貢子ならいいか。ドアを開けようとチェーンを外しかけたその時、
「ちょっと、あなたたちは、どちら様?」
「え、あの、太一くんの友人ですけど」
「ああ、そう。私はここの大家で田中と言います。今しがた、この部屋が騒がしいって苦情が来て見に来たんだ。おい奸田くん、居るのはわかっている。大家の田中だ。騒ぐのは止めて、半年分の家賃を払いなさい。今日は絶対に払ってもらうぞ」
 まずい、大家が来た。騒ぎ過ぎたか・・・。

1 2 3 4 5 6 7 8