小説

『くじの糸』青木敦宏(『蜘蛛の糸』)

 そう言って、奥へ消えた。
 ロビーで週刊誌を開いたと思ったら、すぐに男性銀行員がやってきた。
「宝くじをお持ちになったお客様、奥へ来て頂けますか?」
「はあ・・・」
 太一は男性の後について、応接室へ通された。
「おめでとうございます。昨年の年末ジャンボ宝くじ、前後賞の当選です。一億円になりますが、現金をご覧になりますか? それとも入金なさいますか?」
 なんてこった・・・当たりくじだったのか。
「お客様?」
「・・・はい」
「現金をご覧になりますか?」
「あ、うん。見せてほしい」
 男性銀行員は一度出て行き、数分で台車を押しながら戻ってきた。台車の上には紙封された札束が十個載っている。太一はそれを手に取って、重さを確かめた。夢ではない。本物の札束だ。
 それから5分後、太一は行員が止めるのを聞かずに、ガムテープでぐるぐるに巻いた紙袋を手が白くなるほど強く抱え、熱に浮かされたような面持ちで地下鉄に乗って自宅まで戻った。ドアを後ろ手に閉めてカギをかけてから、そっと包みを床に置いた。
「やった。これで俺は億万長者だ!」

「ふぅ・・・これで良し」
 福之平は、太一が自宅へ着いたのを確認して、一息ついた。
 ここまで来れば、仕事を終えたも同然だと思うが、一応、監視はしておこう。

「それって、やばくね?」
「やっぱ、そうかな」
 金田貢子(かねだみつこ)は、友人の知美に太一のことを話すと、即座にこう言われた。
「絶対にやばいよ。あたしだったら今日にでも取り立てに行くね。昨日貸した三万円だっけ? それがどうなったか聞いてごらん。もし競馬で擦ってたら、即刻縁を切るべきよ。もちろん、今まで貸した分は返してもらってから」
 知美に言われるまでもなく、太一とは別れる方が良いと思っていた。頼りないところが気になって今まで面倒を見て来たけど、賭け事は止めないし、私の言うことなんて全然聞いていないし。
「そうね・・・知美の言う通りかも。わかった。行ってみようかな」
「そうこなくちゃ。でもその前に、お腹空いてない?」

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