小説

『くじの糸』青木敦宏(『蜘蛛の糸』)

 どうしようかと右往左往しているうちに、外が騒がしくなってきた。
「こんばんは、このアパートの住人から、異常者が騒いでいると通報があって参りました」
 制服警官を見て、ここぞと知美が話しかける。
「あ、お巡りさん、ちょうど良かった。ここにいる貢子が、この部屋の男に三十万円も貸したまま返してもらえないんです。捕まえてください」
「いや、私達は異常者が騒いでいるという通報で来ましたので・・・」
「その騒がしいのが、この部屋にいる男で、しかも三十万円を踏み倒そうとしているの!」
 そこへ大家の田中が口添えをする。
「ついでに言わせてもらうと、彼は家賃半年分を滞納しているんです。そのうえ大騒ぎで苦情は来るし。全く迷惑な話だ。説教の一つもしてやらんと」
「普段からこんなに騒ぐ男ですか? 違う? そうですか。では、何か薬物をやっているかもしれませんね。大家さん、鍵はお持ちですか?」
「ええ、ここに。おい奸田くん、開けるぞ」
どうしよう、これを見られたら、どんなことになるか。太一は外に聞こえる様に大声で言った。
「いや、ちょっと待って! ちょっとだけでいいから!」
「いいや、待てない。もし裸だとでも言うなら、服を着なさい。3分だけ待つ。いいかね?」
 3分て・・・何もできないじゃないか。

「仕方ないですね。開けられないように内側から押さえましょう」
 誰? 太一の左隣に知らない男が立っている。
「あんた、誰だ? どうやって入った?」
「今はそんなこと、どうでもいい。連中が入ってくるぞ、いいのか?」
「いや、それは困る・・・でも、誰?」
「一つ聞いていいかな? 君、窃盗で一度捕まっているね。この状況を見られたら、やっぱり疑われるかい?」
 なんでそんなことまで知っている?

ガチャ

「わー、待った待った待った」

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