小説

『笑う男』矢澤準二(『猫町』萩原朔太郎)

 新たな考えが、卓郎の頭に宿った。もしかしたら、今いるこの町全体が、犬の町なのではないか。そう言えば、地下鉄の駅を出てから、まともに人間の姿を見ていない。あの茶色っぽい顔をした駅員も、人間の姿を借りた犬だったのではないか。卓郎は冷たい汗が背中を滑り落ちるのを感じた。
 近くに立って見ている卓郎に気づいたのか、一番手前の小柄な犬が、卓郎の方を振向いた。テントから漏れる、裸電球の黄色い光に照らされて、犬の顔がはっきりと見えた。若い柴犬だ。柴犬は卓郎の顔を認めると、口を歪めるようにして、ニヤッと笑った。

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