四方の壁一面に、巨大なクリスタル・ガラス張りの人工アクアリウムが広がる執務室。
マザーの居室はいつも、海底を思わせる深いディープ・ブルーの光に包まれている。ティンクは、この空間もマザーも両方苦手で“だいきらい”だった。
(サメとアザラシがエンゼル・フィッシュと一緒に泳いでるわ。悪趣味ね、ジ・エンドな組み合わせ!)
この時のティンクには、己の嗜好への客観視などはもちろん悉く眼中にない。
ピートの声に反応して、プラチナブロンドの老婆が優雅な所作で車椅子を回転させた。ベルベットのワンピースに身を包んだ、どことなく貴族の気品を感じさせる老婆=マザー/戦闘水晶妖精の生みの母/白衣を纏わない博士/稀代の天才。
「おかえりなさい、よく戻りましたね。
ピート、ティンク。
さ、もっと近くまでおいでなさいな」
老婆の穏やかな声音/教会のゴスペル/厳かな威厳を感じさせる—-それに、ピートは何者かに心酔しているもの特有の、危うげな光を瞳に宿した。(一方、ティンクはこれでもかと舌打ちしていた)
上質な木材を磨き上げて作り出された鏡のようなデスク。その前まで二人は歩み寄った。それを当然のように待つ老婆=浮かび上がるのは支配者と労働者の構図。
「旧式を一体、始末しました。
旧式の識別符号はリリー。
ティンクが仕留め、僕が確認を。
片付けはシェリフの方々が」
「コアは回収出来ましたか?」
ピートはその答えを口にするのを躊躇った。だが、彼には拒む権利はない。この場の支配者はマザーなのだ。もし、逆らえば……。
「アタシが粉々にしたわ」
「まぁ!」
老婆は口元を丁寧に片手で抑えながら、驚愕の意思を示した。
「壊したかったから、壊したの。
駄目かしら?“ウェンディ”」
老婆のこめかみが一瞬だけ、ピクリと動いた。それをピートは見逃さなかった。
「ティンク!
マザーに何か言うべきことがあるだろう!」
ピートの焦燥に駆られた声。マザーの機嫌を損ねないようにする/ティンクの身を守る/その場を丸く収める—-これが監視者、いや仲裁者の役目。彼はそう心得ていた。