小説

『ブレイキング・フリーキング・ドリーミング・ドール』糸代芽衣(『ピーターパンとウェンディ』)

 ピートはティンクに手を差し伸べる。途端にティンクは顔を幸福に綻ばせる。
 ピートの思案——-ああ、本当にこうしていれば、ただの少女なのに。可憐で華奢な少女なのに。月光が照らす彼女の長い睫毛に見とれていられるのに。
「センキュー、ピート。
 好きよ」
「僕もだ。
 さ、マザーに報告だ」
 お決まりのやり取りを交わし、二機の妖精は満月の向こう側へと飛んだ。
 妖精達の巣、雇い主であるマザーがいる、月の楽園—–ティンクやピートが作られた、妖精型生産工場へと。
 翅から光の粒子を放ちながら、仲睦まじく。二機の妖精は蛍火を夜へと撒いた。

 その光景を、ひとりの人間のシェリフ=この世界における警察組織/その一員が忌々しげに見ていた。壮年の男/シェリフコスチューム+くたびれきったコート=すべてが時代遅れの。
 地上に転がる女児の残骸/物言わぬ腹の裂けた人形/それを片付けるためだけに、現場に急行させられた不運な男/簡易テレポーテーションによる雑な転送。……ああ、眩暈がする。
「化け物どもめ」
 彼は時代遅れのオイルライターを使い、これまた時代遅れの紙タバコを吸う。
 ゴミ溜めに転がった、女児の驚愕の表情とうっかり目があってしまった。
 シェリフは/彼は/不運な男は/深々と煙を吐き出した。そして、喫煙時に口中に広がる苦味を、舌の上で転がし/持て余し/やがて飲み込む——肺を燻るやり切れない気持ちと一緒に。
「国は一体何考えてやがるんだ。
 ………コイツに何の欠陥があったって言うんだ」  
 この旧型には、ただ少しだけ。処理能力に原因不明の欠陥があった。それが、このシェリフが知る最大の情報だった。
「完全なものなんか、人間には作れねぇよ。
 そもそもの人間様が完全じゃねぇんだから……」 
 そう言って、男はタバコを路上に捨てた。
「っと」
 が、すぐに拾い上げた。
「都市保護の条例に引っかかるとこだった」
 そして、シュレッド・シガーケースに拾い上げた吸い殻を放り込む。

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