小説

『鬼の目にも涙』本多真(『桃太郎』)

 そういって、桃太郎は大鬼に向かってきて、木刀で叩いてきます。
 猿と犬と雉も加勢してきました。
 猿はひっかき、犬は噛み付いてきて、雉はくちばしでつついてきます。
 それでも大鬼は、全然痛くありませんでした。痛くもかゆくもありませんでした。
 人間の桃太郎がどんなに頑張ったって、鬼の強い体には傷をつけられないのです。
 ですが、一つだけ痛い場所がありました。とても痛い場所がありました。
 それは心です。大鬼は、心が痛かったのです。
「やあ!」
「……桃太郎」
 息子である桃太郎。
 大きくたくましく立派に育った桃太郎。
 そんな息子がすぐ目の前にいるのに、抱きしめてやれないなんて。
 こんなつらいことがっていいのだろうか。
 大鬼は悲しみに暮ながら、あることを決めました。
「いてーべいてーべー! やられたー!」
 なんと、倒されたふりをしたのです。
 だって、仕方がないではありませんか。
 どんな理由であれ、大鬼が可愛い息子を、桃太郎に暴力を振るなんてできなのですから。
「やったぞ! この桃太郎が鬼の親玉を成敗した!」
 鬼を倒せた桃太郎は、飛び跳ねるように喜びます。
「今度はお前らだ!」
 そして今度は、周りにいる鬼達に向かっていきます。
 本来鬼達は、桃太郎なんて一ひねりできました。
 でも、そうはしませんでした。
「うあーやられたー」
「なんて強いんだべー」
 鬼達は今でも、桃太郎が大好きだったからです。
 なので他の鬼達も、大鬼のようにやられたふりをしました。
「やったぞ! 鬼を全部退治した!」
 鬼を倒して喜んでいる桃太郎は、鬼達がいつか桃太郎にと思っていた宝を持って、三匹の動物達と一緒に颯爽と帰っていきました。
 桃太郎に退治されたふりをした鬼達。
 その中の女の鬼が、倒れている大鬼にこう尋ねます。

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