小説

『鬼の目にも涙』本多真(『桃太郎』)

「うまく言えんべ、とにかく来てくんろ」
 若いオスの鬼が走ると、大鬼は慌てて追いかけました。
「あれだべ! 桃太郎だべ!」
「ほんとか!」
 若いオスの鬼が指差す方向には、一人の男の子と三匹の動物がいました。
 それと、沢山の鬼達も集まっています。
「みんな!」
「大鬼さん……」
 大鬼が鬼達に呼びかえると、鬼達は悲しそうな顔を向けます。
 いったいどうしたというのでしょうか。
「みんな、どうしたんだべ」
「そ、それが……」
 大鬼が尋ねようとすると、きっぱりした男の子の声によって遮られてしまいました。
「オマエがこの鬼達の親玉か! わが名は桃太郎、人に悪さする鬼共を退治しにきた!」
「キキー!」
「ワン!」
「キュー!」
 男の子が木刀を掲げ、勇ましく叫びます。
 すると、側にいた猿、犬、雉も大声で鳴きました。
「も、桃太郎……」
 大鬼は、自分を桃太郎と呼んだ男の子をじっくりと見ます。
 顔は成長していますが、赤子の時の桃太郎の面影があります。
 大鬼は心の中で喜びました。
 また桃太郎に会えるなんて!
 でも、何一つ口に出すことは出来ません。
 だって桃太郎は、父であった自分を忘れ、ただの鬼を退治しに来たのですから。
「桃太郎、オラが分からねえべか? オラだ、大鬼だ」
「鬼であるお前なんか知るわけがないだろう。なにたわけたことを言っておるのだ」
「……桃太郎」
 当然、分かっていたことではあったのですが、大鬼はとても悲しく心が張り裂けそうになります。
「さあ鬼の親玉よ、桃太郎が退治してくれようぞ!」

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