小説

『鬼の目にも涙』本多真(『桃太郎』)

「……分かった」
 老齢の鬼の真面目な顔に、大鬼も顔を引き締めます。
「桃太郎、おとなしくしてるべよ」
「あ~う」
 大鬼は老齢の鬼と共に外に出ます。
 少し離れたところで、老齢の鬼は話を切り出しました。
「大鬼よ、桃太郎を人間の元へ返すのだ」
「な……何を言っているんだべじーさん」
「大鬼が桃太郎のことを可愛がっているのは誰もが承知の上。ワシだって桃太郎のことは大好きじゃ」
「じ、じゃあ何故そんな馬鹿なこと言うんだ!」
 桃太郎と、わが子と離れられるわけがない。
 大鬼の怒りに、老齢の鬼は悲しそうな表情で答える。
「桃太郎のためなのじゃ……」
「桃太郎の?」
「考えてみろ。桃太郎は人間だ、ワシら鬼とは違う。桃太郎が大きくなり、自分と違う鬼の姿に恐怖を抱かないと思うか?」
「そ、それは……」
「今はいいじゃろう……だがきっと、ワシらと桃太郎にはほころびができる。そのほころびで悲しむのはオマエと桃太郎なんじゃよ」
「…………」
「今ならまだ間に合う。物心つく前に、人間に返してやるんじゃ」
 老齢の鬼が言うことも分かる。
 大鬼は鬼、桃太郎は人間、この差は絶対だった。
 でも、大鬼は信じたかった。
 桃太郎が大きくなっても、かわらず自分のことを父と呼んでくれることを。
 しかし、老齢の鬼は静かにこう言いました。
「桃太郎の幸せを考えよ」
「桃太郎の、幸せ……?」
「あやつは人間。鬼とおるよりも、同じ人間と一緒におるほうがきっと幸せじゃよ」
「…………」
「よく考えよ」
 そう言って、老齢の鬼は帰っていきました。
 残された大鬼は、沈んだ顔で桃太郎に会いにいきます。
「桃太郎……」
「とうちゃ、とうちゃ」
 大鬼は桃太郎を抱っこすると、わが子に尋ねました。

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