小説

『鬼の目にも涙』本多真(『桃太郎』)

 皆が桃太郎を受け入れてくれたことに、大鬼は安心し、喜びました。
 そんなある日、桃太郎が大鬼に向かって口を開きました。
「とうちゃ」
「え……桃太郎、今なんて言ったべ?」
「とうちゃ、とうちゃ」
「っ!」
 大鬼は驚きました。大きな手で顔を覆います。
 目から勝手に、冷たいものが流れてきました。
 それは涙でした。
 どんな怪我をしても、どんなにツライ事があっても。
 生まれてから一度も流したことがない大鬼が、とめどなく涙を流しています。
 大鬼は、その流れたものがなんなのか分かりませんでした。
 けど、大鬼が流したそれはきっと、嬉し涙だったのです。
「桃太郎、もう一度……もう一度言ってけろ」
「とうちゃ、とうちゃ」
「桃太郎!」
 大鬼は桃太郎を強く抱きしめます。
 大きな顔を、桃太郎の小さくて柔らかいほっぺにすりすりしました。
 桃太郎が、自分のことを父と呼んだのです。
 それがどんなに嬉しいか!
 大鬼は、いやいやしている桃太郎にこう言いました。
「桃太郎! オラ達は家族だべ! ずっと一緒にいるべ!」
「あうあ~」

 
 それからあっという間に一年の時が経ちました。
 大鬼と桃太郎は今日も元気です。
 大鬼も家事が上達し、桃太郎はハイハイが出来るようになりました。
 一つでも出来るようになると大鬼はもう大泣です。
 他の鬼達とも、桃太郎は仲良しです。
 桃太郎は皆に愛されているのでした。

 
 毎日が楽しい。そんなある日の夜。
 鬼が島の中で一番老齢の鬼がやってきました。
「大鬼よ、ちょいと話しがある」
「じーさん、こんな夜中になんの話だべ」
「桃太郎がいる側では聞かせられん、外で話す」

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