ゆみこは階段のゆれが、台所まで伝わったからだと考えました。
「古いおうちだもの。しかたないのよ」
ゆみこはため息をつきました。
自分の家――新しくてきれいなマンション――に帰りたくなったのです。
一階の居間の真ん中には、掘りごたつがあります。
ついさっきまでママが広げていた産衣が、まわりに転がっていました。
ゆみこが赤ちゃんだった頃に着ていた、淡い水色や黄色のかわいらしいお洋服です。
ママがおなかをさすりながら、「あなたも着られそうねー」と、赤ちゃんに話しかけていたことを思い出しました。
なぜだか不安になってきます。
「ママも赤ちゃんもだいじょうぶよね」
ゆみこは柱神さまのお面に話しかけました。
この家の守り神さまだと、毎朝おじいちゃんが手を合わせている神さまなら、ママたちのことを守ってくれるはずです。
おじいちゃんのまねをして胸の前で手を合わせると、お面がふるえました。
まるでゆみこの祈りにこたえているかのようです。
でも、お面が勝手に動くだなんて、どうしてなのでしょう。
「やだ。ネズミのしわざかな」
思わず口をついて出た考えに、ゆみこは両腕をかかえて体をふるわせました。
何日か前に見たネズミは真っ黒で、猫みたいに大きくて、怖かったからです。
お面の後ろにいるかもしれないなんて、考えたくもありません。
ゆみこはきょろきょろとあたりを見回しました。
長い棒があればいいなと思ったのです。
ところがホウキもハタキもありません。
そのかわりにピンク色のやわらかいボールを見つけました。
ゆみこが赤ちゃんのころ、投げたり、転がしたりして遊んだものです。
手に持って、リンゴのようにかぶりつくふりをした写真も残っています。
「なにか出たら、これをぶつけよう」
そう言いながらボールを手に取ると、台所の柱にかかっているお面がまた動きました。
カタカタ、カタカタ、……
びっくりしたゆみこは思わずボールを投げつけましたが、そんなことではゆみこの言う、「なにか」に当たるはずがありません。
でも本当のところは、当たらなくていいのです。