鞄を胸の前で抱えたまま逃げこむようにトイレへ駆け込むと、目の前に飛び込んできた鏡の中の私が驚いて目を見開いた。
そこに映るのは、猫のようにパッチリとした二重幅の広い瞳、スッと伸びた鼻筋しかも小鼻、唇は薄く上品で歯並びだって整っている。
「あなたは、わたし?」
思わず口から漏れ出た言葉。
その言葉通りに私の唇が動き、声帯を震わせ、声になってきちんと聞こえた。
声そのものは変わらないんだな、とやけに落ち着きを取り戻し、この現状を受け入れようと努める。
途端に底知れぬ自信が漲ってきた。
鏡に映る私は、さっき道端にいた女と比べても、全く見劣りしていなかった。
寧ろ私の方が教養があり、きちんとしたいい女に見えるではないか。
トイレから出てカウンターに戻ると、男2人はもうビールを飲み始めていて、バーのマスターがもう一度『何飲む?』と聞いてくる。そこで、ようやくマスターの顔をしっかりと見た。
私の胸がドクンと脈を打つ。
「え?なに、もしかしてマスターに惚れちゃったの?」
「マスター遊び人だからやめた方がいいって!」
「オレらの方がまだマシだよ?」
『お前らひどいな。俺は女の子だけは大切にするからね』
マスターが私の目を見つめながら『大切にするからね』と言ってくれた。
この人は商売柄口が達者で、女の子には誰彼構わずそうやって言うんだろう、と分かっていても、私は嬉しかった。
「私またここに来てもいいですか?」
『勿論。いつでもおいで』
「まじかよー…」