小説

『対価』久保沙織(『人魚姫』)

「きゃあああーーーーーー」
 今私が見ているのは誰だ。
 鏡の中の私は、もう醜い頃の私の原型すら留めていなかった。
 目は窪んでいて、光を宿していない。鼻の先まで深くシワが刻まれている。
 まるであの老婆のよう。

「なんで…こんなのあんまりだわ…」
「年を取るなんて、そんなこと聞いてない」

 怪しげな小瓶。それ相応の対価とはー。
「わたしの、命、寿命…?」

「おかげでまた生き永らえたよ」
 耳元で、ひひひっと笑う老婆の声が聞こえた。
 体の力が抜けていく。美しくなりたいと願ったのは私だ。けれども、その対価が醜くなっていくことだなんて。

 薬はもうない。 
 ふらふらと歩き、バスルームの扉を開ける。
 浴槽には水を張ったままだ。
 自然と顔を水につける。落ち着いてきた呼吸を止めて、顔だけ入水したまま考える。

 シンデレラってハッピーエンドじゃなかったかしら?

 苦しくなり吐き出した息が、ぶくぶくと泡になって消えていく。
 次第に苦しさが心地よさに変わっていった。

 子どもの頃に読んだ、最後は泡となって消えていくお話があったような。
 そうだ。

 私は人魚姫だ。

 そうして、私の命は消えた。

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