小説

『対価』久保沙織(『人魚姫』)

『あるとも』
『これを飲むんだよ』

 そう言って老婆が立ち上がった。座っていた時はわからなかったけれど、老婆の身長は高く、私は首を後ろに倒し老婆の顔を見上げる形になった。私が手のひらを差し出すと、如何にも危うげな装いの小瓶を渡された。

「何これ」
『それを飲めばたちまち全てはお前の望む通りさ』

 小瓶のキャップには『邪』と記されていて、中には錠剤が三粒入っている。

『一粒試しに飲んでごらん』
「嫌よ、こんな怪しいもの」
『パッチリとした二重の瞳にすっと伸びた高い鼻』
『歯並びの良い品のある口元』
『そうなりたいと強く願いながら一粒飲んでごらん』
「…本当になれるの…?」
『言っただろう?救ってやるって』

 老婆のことを信用などしていない。
 それでも、もし本当に私の望み通りになるなら。
 男に声をかけられ、私もちやほやされる日が来るのなら。

「お金は?いくら払えばいいの?」
『金なんかいらないよ』
「え?」
『これは契約なのさ』
「契約ってどういうこと?」
『お前がその薬を飲めば契約は成立する』
「私は何を代償にするの?」
『瓶をよく見てごらん』

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