小説

『花びらを蹴散らして』柿沼雅美(『桜の森の満開の下』)

「あ! 桜の樹の下には死体が埋まっているっていうのは、そこから来てるのかも!」
「あぁ、有名なね。ほら、桜ってそういう話ばっかりでしょ」
 たしかに、と残り少なくなったチューハイを飲み干して啓介を見た。
「ねぇ、ひかるさんこのあと予定あるの? 俺と付き合わない?」
 は? という顔をすると、啓介が聞こえてなかったのかというようにはっきり言った。
「俺と付き合わない?」
「きゅ、急じゃない? 付き合うっていうのは、えっと、男女のこと? それともこれからどこか行こうっていうほうの付き合う?」
「さぁ、どっちでも」
 どっちでもって言うには違いすぎると思いながら、返事をしないでいると、啓介が空になったビールを近くの大きなゴミ袋に放り投げた。
「せっかくだから、ひかるさんのやりたいこと全部叶えてあげるよ」
「なにそれ」
「おまえの頼みはなんでもきいてあげるよって言ってんの」
 おまえ、なんて言う人ひさしぶりに見たと思いながら、少し考えて、なんでも? とバカにするように返すと、啓介は、なんでも、と自信たっぷりに返した。
「とりあえず、行こう」
 啓介はリュックを引き寄せ、私の腕を掴みながら立ち上がった。
 盛り上がっているサークルのメンバーは私たちなんて気にとめず、どんどんと酔っていく女子たちが後輩たちに賑やかにしゃべりかけている。
 啓介に腕をつかまれたままブルーシートの隙き間を探して歩いていくと、フラットシューズが来た時よりも軽やかに感じた。
 サークルのみんなを振り返ると、誰も桜なんて見ていなくて、桜がみんなと会社員の人々を飲み込むようになだれかかっているように見えた。
 公園を出て横断歩道でタクシーを捕まえると、啓介は五丁目の先まで、と言った。私は啓介に何を話したらいいのか分からないまま、あぁ生まれてはじめてお持ち帰りというのをされている、と思った。
 車の窓からは初めて見る一軒家やアパートがびゅんびゅんと過ぎて行き、啓介が、ここで、と言ったタイミングで律儀にタクシーが停まった。短距離だから安くなったんだなぁ、と、どうでもいいことを思いながらタクシーを出た。
 ここだから、と啓介が指したマンションは、ファミリーが住むようなところで、入り口の隣の自転車置き場には子供の自転車もいくつか置かれていた。

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