小説

『最後の料理』NOBUOTTO(『銀河鉄道の夜、注文の多い料理店』)

 ラポの宇宙船の寝床もふかふかしていたが、このソファーも体が沈み込んでしまうほどふかふかしている。
 ジョバンニの町の料理店と言えば汚い札に書きなぐるような文字で店のいたるところにお品書きがぶら下げられていたがここには何もない。これが料理店なんだろうかと思っていると壁の中から人が現れた。
 大きな赤い帽子をかぶり、まるでウリのような長い顔に少しつり上がった細い目をした人が笑顔一杯で近づいてきた。
「これは、これは、ラポ様」
 細い顔からはみ出るくらい長いヒゲが大きな声に響いて揺れていた。
「おー、リー、クリストファー・リー。ご機嫌かご機嫌か」
 ラポはその男に抱きついていく。
「ジョバンニ君、この方こそ、本料理店のシェフ、クリストファー・リー殿である」
 ジョバンニは小さく挨拶をした。
「ほう。本日は愛らしいお友達とご同伴ですね。それにしてもお久しぶりで。前回いらしてから100年くらい経ちましたかね」
「ほー。そんなになるのか。全く昨日も来たような気がしているがなあ」
「それはラポ様特有のお時間の話で」
「とにかく、何よりも私の料理を理解してくださるラポ様がまさに今日いらして下さったとは。いやはや嬉しい限りです。早速ご用意させて頂きます」
 リーは出てきた壁の中に入っていた。壁の向こうからリーの声がする。
「それから、本日の料理ですが”最後の料理”になります。それで宜しいでしょうか」
「最後の料理か」
ラポの顔が一瞬曇った気がした。そして叫ぶように壁の向こうのリーに言った。
「宜しい。正しくあれ。正しくあれ」
 「100年前?ラポの時間?」それに、まだ日は明るいのに「最後の料理」。そんな不思議だらけの中にジョバンニはいた。
 ラポも壁の中に消えていった。ジョバンニには壁にしか見えなかったが、ラポのように歩いていくとそのまま通り過ぎていくことができた。
 そこには丸テーブルと2つの椅子が差し向かいに置いてあった。ラポはもう座っている。ジョバンニも反対側の椅子に座った。
「ラポさん、さっきリーさんが言っていた最後の料理ってなんなのですか」とジョバンニが聞くと、ラポはまたちょっと渋い顔をし「それは、料理を食べればわかること。ジョバンニ君、おいしい料理を食べる時はあまり難しいことは考えずお腹も心も空っぽにしないといけませんよ」と楽しそうに言うのであった。

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