小説

『嘘発見電波が流れた日』西橋京佑(『ピノッキオの冒険』)

 コオロギは良く分からない、という声を出したが、僕は何にも言わずに傍の駐輪場に停めて病院の中に入っていった。
 エレベーターが5Fで止まり、僕は一度もコオロギを振り返ることなく受付を済ませた。
「504だから。一応消毒しといて、気休めだけどさ」
 コオロギは言われるがままに消毒液を手に揉み込んだ。
「ねえ、一体どういうこと?」
 いいから、と僕はコオロギを連れてそのまま504に向かった。横開きの病室のドアを開くと、薄暗さとシンっとした沈黙が僕らを包んだ。
「すぐに終わるから、とりあえず後ろにいて」
 と、おどおどしているコオロギに向かって言った。コオロギは何にも言わずに頷いた。
「よっ、元気にしてる?」
 ベットの上からは返事はなかった。変わりに、電子音だけが等間隔に静かに響いていた。
「もう少ししたらさ、きっと退院できるらしいよ。先生も驚いてた、治りが早いって。おまえ、昔から転んでもヒザの怪我すぐ治ってたもんね」
 コオロギはチラチラとベッドの上を見ては、何か言いたげに僕の顔を見た。僕は、念のため自分の鼻を触ってみた。
「治ったらさ、また釣り行こうな。楽しいこと、今までみたいにちゃんと出来るって。待ってるからさ、頑張れよ」
 また夕方に着替えさせにくるから、とだけ伝えて僕らは病室をでた。コオロギは何も言わずに後ろについてきて、エレベーターで1Fに止まってもまだ黙ったままだった。
「ここのカフェ、誰もいないからさ。おごるよ」
 コーヒーを2つ頼んで、僕らは窓際の日が当たる席を陣取った。そのカフェで唯一生きているように感じられた席だった。
「さっきのって…」
「俺の、弟」
「弟、いたの?初めて知った」
「誰にも言ってないからね。事故に遭ったんだよ。耳は聞こえるけど、他はてんでダメ」
 そうか、とコオロギは気まずそうに俯いた。
「4年前からさ、もうずっとあのまんま。歩道渡っていたらドーンって。運転してた人も急いでハンドル切ったみたいでさ、結局アイツにもぶつかっちゃったんだけど、そのまま電柱にあたって」
「死んじゃったのか」

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