小説

『脱出するなら絶望から』柘榴木昴(『死に至る病』)

 ベッドが二つ、小さな冷蔵庫と洗面台にクローゼット。簡素な部屋ではあるがただ泊まるには申し分ない。兄貴もざっと部屋を物色している。
「テレビの案内があるけどこれ、韓国語だよね。韓国に行くの? もういいだろ、どこ行くか教えてくれよ」
「そうだな。どれ、ここに来てみろ」
「なにこれ」
 腰くらいまでの開き戸のボックスだった。
「救命胴衣が入ってる。さすがは船の上、と言ったところだ」
「へえ。でも韓国語だから読めないや……っ!?」

 ポーン……『このたびは国際線DDSクルーズにご乗船いただき誠にありがとうございます』
 聞きなれない声で目が覚めて、首をさすりながら起き上がる。どうやら当身を食らって気絶したらしい。一日に二回も気絶させられるなんてどうかなあ。兄貴のことだから加減できるのだろうけど。首には寝違えたような鈍い痛みが残っていた。
 アナウンスが流れている。当然兄の姿は無い。
 『この船は韓国のプサンを経由してロシア、ウラジオストクまでまいります。間もなく19時より予定通りの出航となります』
「……ロシア?」
『なお、出航の際は揺れる事がこざいます。足元、身の回りなどお気を付けください』
「いやまって! ロシアなんて行ってられるか!」
 慌てて入り口のドアに走る。ガチャリとドアノブは下がるが扉は開かない。
身体で強く押す。微かに数ミリ動いた気がするがダメだ、開かない。ふと足元に黒いゴムパッキンのようなものが見える。
「なんだこれ……ドアストッパーか?」
 ドアの向こう側から差し込まれているらしく、今の体当たりで決定的に挟み込まれてしまっている。ずらしてみようにも指では動かせない。
「と、閉じ込められてる? なんで?」
 間違いなく兄の仕業だろう。家から追い出すだけでなく、国外に追放する気なんだ!
「くそ、そうだ内線電話!」
ルームサービス用の内線電話があるはずだ。ドアが開かないなんて情けないが背に腹は代えられない。昨日まで引きこもってたのに今度は本気で部屋の外に出る努力をしなくちゃならないなんて、クソみたいな因果だ。

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