「知らねえよ俺も。アレだよ、アレ。もあもあ、どろどろ、で場面が変わるんだよ」
実際に太郎もこれまでに起きていることを全く説明できなかった。
「そんなことはねえから、心配しないで食えよ」
男が言う。
割り箸を割って右手に持ち、「そんなことはねえだろう」と左手でどんぶりのふたをそうっと持ち上げる太郎。
もあもあもあもあ、「がはははははは歯!」、もあもあもあもあ、「ククククククク苦ッツ!」
「だまされたな太郎!」
「なんだよ、普通にだましかよ」
太郎は左手に持ったどんぶりのふたを盾のようにして、相手の笑い声をさえぎろうと構える。もくもくもくもく・・・・下からは丼から立ちこめる湯気。
バシッっ!
「ストラィーック!」
真後ろから声がして、太郎が左手に構えたかつ丼のふた、いやキャッチャーミットに勢いよくボールがねじ込まれた。視界の冴えないキャッチャーマスク越しにバッターのケツ、その向こうにマウンド上のピッチャーが見える。
「ケッケッケッ毛~」
後ろの審判が笑っている。ボールをしっかりミットに握ったまま振り向くと、カメの甲羅をプロテクター代わりに身に着けた主審が「ケッケッケ」の顔のまま突っ立っていて、太郎に、
「早くしねえと、一生このままだぜ・・・」
と小さな声で言った。
「ど、どういうことなんだ。あんた何か知っているなら教えてくれ!」
「次の球が来る!前を向け!」
クァキーン!
あーっと打ったーっ、大きい、大きい・・・入ったー!サヨナラホームランです!
太郎のチームは負け、ホーム前に涙を流して整列、お辞儀し、球場を後にする前にチームのみんな、グラウンドの土を袋に詰める。砂埃が立ちこめる。視界があやふやになる。さっきの亀の甲羅の審判の影が近づいてきて太郎の耳元で言った。