「さっきの画集、図書室に置いてっていいの?」
「いいよ。別にもういらないし。図書室に寄付してあげる。」
ユキちゃんはそう言ってさらに歩くスピードを早めた。私は少し小走りにユキちゃんの隣を歩く。人のいない廊下は耳が敏感になるほどに静かだ。二人の足音が交互に鳴り合う。向かった先は、自分たちの教室だった。2−3と書かれた教室の扉をユキちゃんは片手で勢いよく開けた。
5×5で綺麗に並んだ机と椅子が、なんとなく違和感。でも、昼間私を押さえつけるようにしてのしかかる教室の居心地の悪さは、誰もいなくなった教室からは全く感じられない。所詮教室はただの箱で、つまりはその中身が問題なんだ、と改めて実感した。ユキちゃんは自分のスクールバックを私に差しだすと、開けてみて、と言った。受け取ったスクールバックは私が身構えた重さよりもずっと重くて、私は重力に逆らえず鞄を床に落としてしまった。
「なにやってんの。」
「ごめん、こんなに重いとは思わなかったから…。」
早く開けて、というユキちゃんの無言の圧力から私は床に落ちた鞄のチャックをそのまま開けた。鞄を開けた一瞬、私の目がちかっと光った気がした。紺色のスクール鞄から出てきたのは、大量の檸檬だった。
「今からこの檸檬を使って大っ嫌いな教室を爆破したいと思います!」
何で檸檬…?と頭の上にハテナを並べている私にユキちゃんは明るく爆破宣言をしてきた。
「爆破…?」
「うん。私はこの教室が大っ嫌い。嫉妬だとか、偏見だとか、そんな感情がこの教室には溢れ返っている。だから私は爆破しようって決めたの。」
そう言ってユキちゃんは檸檬を2つ取り出すと一席に一つ、机の真ん中に檸檬を置いていった。どうしてだろうか。ユキちゃんのその爆破計画が私の胸を妙に踊らせた。子供が新しい遊びを思いついた時のように、未開拓地に足を踏み入れたように、私の心は踊った。ユキちゃんと同じように私も檸檬を机の上に置いていった。それはたった数分で完成したが、私には何時間もかけて作ったような、そんな一つの作品を見ているような心地で25席すべての机の上に置かれた黄色い檸檬を眺めた。私たちが用意した25個の爆弾。自分の席の上にも、いじめっ子のあいつの席の上にも、お下げの女の子の席の上にも、今にも爆発しそうな緊張感と、もう爆発してしまえという期待と、そんな奇妙で混沌とした思いの中でじっと置かれている。
しばらく私たちは黙って檸檬を眺めていた。先生にバレないように灯りを消したままにしている教室は、どんどんと暗くなっていく。互いの顔も、並べた檸檬も、日の光のないこの教室ではその存在が曖昧になっていく。曖昧になっていく中で、隣にいたユキちゃんがそっと私の手を握った。その手はやっぱり女の子で、小さくて冷たい。ユキちゃんが自分は女の子が好きなんだと気づいたとき、いったいどれだけの葛藤があったのだろうか。私はユキちゃんの手をぎゅっと握り返し、その手を引っ張って教室の外へと連れ出した。きっともうすぐ檸檬は爆発するだろう。私とユキちゃんの足音は重なり合い、静かな学校に一つの、私とユキちゃんの音を作っている。ユキちゃんの手を離すことなく校舎出たとき、私の頭の中で、どかん、と音がした。