小説

『赤と、青と、黄色の』佐久間クマ(『檸檬』)

 7.6パーセント。食塩水の濃度を求める問1の回答欄にミミズが這った後のような力のない字で記入を終えると、黒板に大きく書かれた「2限数学:自習」の文字を睨みつけるようにしてそのまま机に突っ伏した。気怠げに、私寝不足なんです、って感じを目一杯にだして。あくまで自ら一人を好んでいるように。自然に、自然に…。私の”自然な気怠げポーズ”をとれば、教室で行われている会話はするりと耳の中へと吸い込まれていく。今日新しいバイトの面接だとか、同じ塾の先生がイケメンだとか、大抵はそんなくだらなくて情報として石ころほどにしか価値のないことばかり。しかし、そんな石ころにまぎれて、私にとっての地雷——言葉の爆弾——が落ちていたりもする。
「見て。あいつまた寝たふりしてるんだけど。ウケる。」
「友達いないからって寝たふりしかすることねーのかよ。」
 どかん。と一発、先月まで友達だった綾子…いや、クラスメイトAとクラスメイトBの会話が爆発する。何日経っても自分の悪口を耳に入れるのは慣ないものね。私の脳内ではウーーーーッと緊急避難警報が鳴り響き、次に来る悪口に対して厳戒態勢をとる。ウサギの心音のようにトットットットッと脈が早くなり、少し吐き気がする。今日の数学が自習だったこと、残暑の厳しい9月の教室にクーラーがついていないこと、夏の終わりに突然友達から仲間はずれにされたこと、すべてが私の胸をムカムカさせるから、すべてを胃液と一緒に吐きだしてしまいたい。ミンミンミンミンと私の鼓動に合わせてリズムを刻む蝉の声が私のやり場のない怒りを増幅させる。だから私も「うるせぇよ。」とぽつりと鳴いてみる。私の鳴き声は教室のどこにも爆発することなく、不発弾として消えていった。この教室の中での私は、ただ毎日を平穏に終わらすことで精一杯で、そのために自ら一人でいる道を選んだ。沈黙は金、雄弁は銀。私のモットーだ。

 「いじめのない明るい学校をつくろう!」みんなが手をつないでニコニコと笑うイラストの上に、ゴシック体で太くそんなキャッチコピーの書かれたポスターに向かって、私はそっと中指を立てる。つくれるもんなら作ってみろよ。ズズっと飲んでいたバナナ・オレが静かな廊下に鳴り響く。自分が蜂の巣の中にいるように教室の居心地が悪くなる昼休みは、決まって人気の少ない廊下を徘徊する。特に美術室のある旧校舎の廊下には滅多に人はこないので、私の昼休みのお決まりの場所となっている。しかし、今日はどうも私だけではなかったみたいだ。古い木の板が軋む音が私のすぐ真横で鳴った。私だけのこの場所に誰かが踏み入ったことに動揺しながらも、その焦りをできるだけ表に出さないよう、少しだけ口の端を噛みながら音のする方を向いた。
 そこに立っていたのは、同じクラスのユキちゃんだった。ユキちゃんの目線は私の中指へと向けられていて、私は慌てて立てていた中指以外の指も開いて、ユキちゃんにひらひらと手を振った。しかしユキちゃんは私に手を振り返すことなく、どいてくれない?と美術室のドアを塞ぐ私に冷たく言い放った。

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