小説

『赤と、青と、黄色の』佐久間クマ(『檸檬』)

「あっ…、ごめん…。」
 私は叱られた子供のような声で謝ると、ドアの前から一歩後ずさりして道を譲った。ユキちゃんは柑橘系の良い匂いを漂わせて私の前を通り過ぎると、あまり使われていない美術室に慣れた足取りで入っていった。
 「ユキ」という名前の通り色白で、黒く長い髪がよく似合うユキちゃんはたくさんの男の子から言い寄られるような高嶺の花の存在だった。甘い蜜に誘われて、虫たちが次々に一輪の花に群がるように。黒いセーラー服とは相反する白い肌と、フランス人形を彷彿とさせる大きな目は、年頃の男子たちを魅了するのに十分な甘い蜜だった。でも、ユキちゃんはそんな男子からの告白をすべて断っていた。というのもユキちゃんには好きな人がいた。これだけ多くの男の子を魅了したユキちゃんなら、きっとその恋は実るだろう。誰もがそう思い、誰もがユキちゃんに思われる人に嫉妬した。私だってユキちゃんに好きな人がいるということを聞いたときはかなり興味があった。3組のイケメン、須賀君だろうか。それとも成績学年トップの進藤君だろうか。きっとユキちゃんの知らないところでそんな話が繰り返されていたに違いない。しかし私の予想…いや、誰の予想も裏切られることとなった。

「————三木さん?」
 美術室から画材道具を抱えて出てきたユキちゃんは、扉の前で固まって動かない私を不思議そうに名前で呼んだ。モネ、ゴッホ、ルノワール…ユキちゃんは画材道具の他に私でも知っている有名画家の画集を何冊か抱えていた。
「ユキちゃんって美術部だっけ?」
「うん。でももう辞めるけどね。」
 両手が画集や画材で塞がっているため、足で乱暴に美術室の扉を閉めながらそう答えた。
「あっ、もう昼休み終わりだっけ。」
「うん。次移動だから早く教室に戻れば?」
 相変わらずの冷たい口調。同じクラスなんだから一緒に教室に帰ることだってできたのに、ユキちゃんは私を待たずにさっさと私に背を向けた。その後ろ姿を見て、あの日のユキちゃんの後ろ姿を思い出した。ユキちゃんが告白をしてフラれたあの日を、私は見ていた。今日と同じ昼休みの美術室の前でユキちゃんは想いを伝えた。それはこっそりと盗み見をしていた私にも伝わるほど一世一代の告白だった。ユキちゃんは本当にその人のことが好きだったんだろう。その日のユキちゃんは特別可愛かった。誰かの特別になろうとする女の子はこんなにも可愛いのかと、私はその可愛さに嫉妬した。しかし、”可愛いユキちゃん”の想いが伝わることはなかった。

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