「うーん…。あっ、さっきの数学の問1の問題の答えだ。」
私はさっきの時間に力なく書いた7.6パーセントの文字を思い出した。
「うん。それも正解。でもね、日本で私のように女で女を好きになったり、心の性別が違ったりする人の割合もだいたい7.6パーセントなんだって。」
ユキちゃんはそう言ってレモン汁をスポイトにふくめると、赤色と青色のリトマス紙にピュウッと勢いよくかけた。無反応の赤のリトマス紙を差し置いて、青色リトマス紙はどんどんと赤色へと変わってゆく。
あの日、ユキちゃんは確かに想いを伝えた。しかし、相手はクラスのイケメンでもなく学年トップの進藤君でもなく、私やユキちゃんとおなじチェックのスカートを履いた美術部のお下げの女の子だった。ユキちゃんは女の子でありながら、女の子を本気で好きになったのだ。お下げの女の子は何度も嘘でしょう?と告白を受け取らなかった。その度にユキちゃんは泣きそうな顔でスカートの端を握りしめながら、「好き」を言葉にした。そこに嘘や偽りはなかった。だからお下げの女の子に「女の子を好きになるなんて、どうかしてるよ。」と、まるで異質なものを見るような目で言われた時のユキちゃんの背中を、私は忘れることができない。後ろ姿だったからユキちゃんがどんな表情をしていたのかは分からない。でも、その言葉と一緒に肩を震わせ、スカートをさらに強く握ったユキちゃんが笑っているはずはなかった。
「————ねぇ、三木さん?」
ゆっくりと、しかし確実に赤く変化していく青いリトマス紙を目で追っている私にユキちゃんは少し優しく声をかけた。
「今日の放課後、少し付き合ってくれない?」
夏の終わりの真っ赤な茜空が、部活を終えた野球部の少年達の影を長く長く地面に描いている。少年たちのすぐ後ろでは、スクール鞄をリュックのように背負った女の子たちが、自分の影を踏まれないように相手の影をキャーキャー言いながら楽しそうに踏み合っていた。何度目のチャイムだろうか。ユキちゃんは学校に人がいなくなるのを待ってほしいと、私を図書室へと連れ出した。私とユキちゃんしかない図書室は、何かの『そのとき』を待つ待合室のように私たちを受け入れていた。ユキちゃんがこれから何をするのか。なぜ私を誘ったのか。その理由を聞くことはできなかったし、聞かなくてもいいような気がした。2人の女の子が読書をしている絵が表紙の、ルノワールと書かれた画集を読むユキちゃんの隣には、他にもたくさんの画集が山積みにされていた。赤や青が鮮やかに表紙を彩り、その画集の山が一つの作品のようだった。
窓から注がれる日の光が、いよいよ弱くなり、ユキちゃんは行こっか。と言って読んでいたルノワールの画集を、山積みにされた画集の上に重ねて置いて図書室を出た。