それからは血肉に飢えたゾンビの様にそれらを貪った。
「おいおい、そんなに腹が減ってたのか?」神崎は笑みを浮かべながら、紙コップにコーラを注いでくれた。
あきらは返答することなく、コーラを一気に流し込む。
「……加藤、俺も二階に行くから後で来いよ」
あきらは飽食感を得て一呼吸置いた。「さっきから俺のことを加藤、加藤、と呼ぶけど人違いですよ。俺の名前は中村あきらです」
「……どういう意図があってそんなことを言っているのかは知らないけど、誰かみたいに投げ出さないでくれて感謝してるよ――でも、これ以上は変なことを言わないでくれ。皆、今は余裕がないんだよ」と、神崎は言って、二階に向かった。
あきらは二の句が継げず、神崎の後ろ姿をただ見つめるしかなかった。
冷静になって考えてみると、どうしてこんな場所で知らない人と話しながら食事をしているのか? そんなに、『加藤』という奴に俺は似ているのか? と、あきらは思案した。しかし、そんなことに思いを巡らせても馬鹿らしくなるだけだ。いずれにせよ結果的にはお腹も喉も満たされたことには違いないので、用を足したらすぐに店を出よう、とあきらは考えた。
あきらはトイレがあるとおぼしき場所に向かって歩き始める。その途中誰かの話し声が聞こえてきたので、なぜか見つかってはいけないと思い、近くの壁に身を潜める。あきらは顔を半分出して様子を確認した。背の低い男が携帯電話で話しているようだ。金色の髪の毛を手で触りながら、顔を縦に振っている。
あきらは電話が終わるのをじっくりと待った。電話を切ることはなかったが、男はそのまま向こうに歩き始め遠ざかっていく。
しばらく歩き回り、どうにかトイレを発見した。文字通り『トイレ』とマジックペンで書かれた紙が、木製のドアにガムテープで貼ってある。どうやら兼用のようで内側から鍵をかける必要があった。
目の前の荷物置き場にビジネスバッグを乗せ、チャックを下げて放尿する。仕事を終えてから今まで、一度もトイレに行っていなかったので随分と時間がかかった。
小便を終えて洗面所で手を洗っていると、トイレの把手がガチャガチャと動く。あきらはそこに視線を向けた。ガチャガチャとまた動く。そして、トントンとノックの音に切り替わった。あきらは返事をしようか迷う――その前に、外の人が傍を離れるまでここに籠城しようかとも考えた。だが、一体何に怯えているのか? と思い、「すいません。すぐに出ます」と答えた。
外から「はーい」と女性の声で返事が聞こえた。あきらは急いで濡れた手をスラックスで拭き、ドアを開けた。
「――うわっ!」あきらは驚倒する。
目の前に立ちつくす女の顔に驚いたのだ。肌は異様に白く、眼の周りは黒く濁っていた。それに口から血を流し、顔のあちこちにナイフで切られたような傷があった。瞳孔は人間のそれとは思えないほどに縮んでいる。