小説

『命運』森本悠也(『運命』)

ツギクルバナー

 まるで図書館にでも居るみたいに鳴りを潜めて駅から駅へと移動する車中、ドア上広告や中吊り広告、ありとあらゆる広告が中村あきらの目に飛び込んできた。
『十分で百万円! 日給五千万円は実現できる』『もう留学する時代は終わった?』『夢のキャンパスライフがあなたを変える』『サキ。待望のニューシングル!』
 自分には関係のない話だと思いながらも、自分の姿をそこに投影してしまう。
 目の前で人目も気にせず大きな口を開けて泥酔し眠っている男の汚れた靴が、よれたスーツが、長年愛用しているだろうビジネスバッグが、安い床屋で散髪しているだろう髪型が、あきらのむかっ腹を立てる。
 風圧が電車の窓ガラスを大きく揺さぶると、自分の姿は先ほどよりも鮮明に映し出され思わず目を背けてしまう。自分も目の前の男と大して違わないじゃないか、と肩を落とした。
 あきらはシートの片隅へ体を預けて腕を組み、せめて目の前の男のように無様な寝方はしないでおこう、と真一文字に口を結んで目を瞑る。
 ガタンゴトン、ガタンゴトン……と定常的に響き渡る音がより眠気を誘い、最寄りの駅にはすぐに到着しないでほしいという願望があきらの中で湧き起こる。だが、そのような考えも気付かないうちに薄れ、そして眠っていた。
 ほんの数分のことだった。目を開けると、さっきまで真向いで泥酔していた男が姿を消していた。他の座席を見ても乗客は自分以外に居ない。自分が眠っている間に電車は停車したのだろうか? 自分が下車すべき駅から何駅か過ぎたのだろうか? 彼はそう考えた。
 あきらは左手首に巻いた腕時計を確認しようと、黒いスーツの袖を引っ張った。フォーマルなシルバーの腕時計は定常的に秒針を進めている。ただ、いつ電車に乗り込んだのかが分からなかったので、その行動にあまり意味はなく、時間が夜の二十時十二分ということだけが結果として得られた。
 後ろの窓に体を向けて外の景色を確認しようとするが、周囲は真っ暗で何も見えない。そこにはただ自分のシルエットが映り込むだけだった。最寄り駅から数駅先に来てしまったというだけなのに、何故か重苦しい空気に包まれた。知れぬ間に眠気は消え去り、専ら電車に揺られる。
 五分程経過し、足元に置いたビジネスバッグから携帯電話を取り出してメールが届いていないかを確認するが、メールどころか電波さえ届いていない。そんなに遠くまで来ていないはずだというのに不可解だった。
――唐突にリズムが変化する。あきらは電車が減速しているのを気色取り、慌てて携帯電話をバッグに戻して立ち上がる。両側の景色は区別不能だったので、どちらのドアが開くのかは分からない。しかし、車内アナウンスが一向に行われないため、壁越し推量で進行方向右側のドア付近で停車を待つことにした。

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