小説

『命運』森本悠也(『運命』)

 燦爛たる明かりが辺り一帯から照らされている。足腰の強そうな三脚には大仰な業務用ビデオカメラが取り付けられていて、久保や神崎、他の知らない男性陣がそれを取り囲む。肌触りの良さそうなジャマーが付いたガンマイクを、城の守衛が片手で槍でも持つみたいにして突っ立つ者まで居た。椅子やテーブルは人為的に床に倒され、退廃した空間を演出しているように見える。また、隅には血まみれの人間が十人ばかり固まって立っており、いつ撮影が始まってもおかしくない状況に緊張が伝わってくる。
 誰の目にも明らか――これは、映画の撮影現場そのものだった。しかし、商業映画というよりかは、自主製作――インディーズムービーに近いだろう。
 しばらく眺めていると、一人の痩せ細った男が金属バットを二本持ってきた。金と銀――赤黒い血が至る所に付着しており、凹み傷も見て取れる。
「俺はやっぱりゴールドだろ!」と、浅田は快活な声を上げてバットを手に取った。
 痩せ細った男は余った一本をあきらに手渡して、血まみれの人間たちの所に駆け寄って行く。
 ――また、あの女だ。
 あきらは目を逸らす。あの中から、こちらを睨みつけていることはすぐに分かった。偶然こちらを睨みつけている訳ではない、とあきらは確信する。
 あの女から恨みを買う様なことを『あきら』がしたのか、それとも『加藤』がしたのか――自分という存在が、他者の主観で認識されることに不快感を抱く。
「――皆、聞いてくれ」唐突に久保が大きな声を出して、周囲に居る人間を見渡した。「今日は初日だが、スケジュールの都合上ラストシーンの一つ前から撮影しようと思う。物語が盛り上がるシーン――脱出のシーンだ! まあでも安心してくれ……死体に台詞は無いから、台詞がどっかに飛んで行くなんてことは起きない」
 スタッフは大袈裟に笑い、血まみれの人間たちもクスクスと笑う。
「あと少しだけ準備に時間がかかりそうだから、適当にその辺で休憩しててくれ」そう久保は言い、スタッフ同士でまた声をひそめて相談し始める。
 演者たちは会話をしたり水分補給をしたり台本に目を通すなど、各自持て余した時間を好きなように使う。
 何もせずに突っ立っていても居心地が悪いだけだと思ったので、あきらはトイレで用を足してから誰も居ない二階へ足を向ける。
「うわっ!」小ホールから顔を半分出して手招きをしている血みどろの女にあきらは狼狽する。さっきから、あきらを睨んでいる女だった。

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