小説

『命運』森本悠也(『運命』)

 あきらの予想は当たり、徐々に駅が見えてくる。普通の駅で良かった……、とあきらは内心思ったが、何故こんなにも胸を撫で下ろしたのかが不可思議だった。
 ドアが開き、よく冷えた風があきらの顔にそっと触れる。少し眠った後だったので体温が低下し、会社から出たときよりも寒く感じた。
 反対側のホームで電車が来るのを待ち、すぐにでも最寄り駅に戻ろうか、と車中では考えていたが、駅に到着するとひどく喉に渇きを感じるし、腹が異常に減っていることに気付いたので駅から出ることにした。それにどういうわけか、この駅がとても気になる。駅内には客が一人も見当たらないし、駅名標は激しく劣化し錆びているため文字が読み取れない。少しべたべたとした風が顔や髪の毛に纏わり付くのも気になった。潮風だろうか? そうなるとこの街の近くには海があるのか? とあきらは思案した。しかし、その考えはおかしいことに気が付いた。都会から大して離れていないはずの場所に、そんなものは存在しない。
 不意に犬の鳴き声がした。ワンワン、ワンワン、と聞こえてくるが、何処で吠えているのかは分からない。ひとしきり吠えた後は、何かに向かって威嚇する声を出し続けた。その声を聞きながら、あきらは改札口に足を向ける。
駅を出ると、森閑とした古びた町があるという印象だった。どこの店もシャッターが下ろされ、人の気配は無いし車も走っていない。町そのものが廃墟という感じがする。薄っすらと光を放つ街灯が、虚しい佇まいをしていた。
 しばらく高架下に沿って歩いていると、開口部から柑子色よりもまだ少し濃い色の光が見えた。周囲は無機質なコンクリートで覆われており、大きな声を出せば向こうまで声が響きそうだ。
 あきらはゆっくりと足を踏み入れ、真っ直ぐと伸びた道を歩く。突き当りまで行くと道は左右に続いていたので、あきらは何と無く右に曲がった。
 左奥にあるスタンド看板を見れば、明々白々だった。唯一、営業している店がそこにはあった。『新たな波』と看板には明記されている。ファサードには大きな木製ドアがあり、足元では照明が赤く光る。上を見上げると『新たな波』と黒色で書かれた大きな文字が見て取れ、それを二つの白い照明が混ざり合って包み込んでいる。
 初めて入る店に少し緊張するが、他に営業していそうな店も見当たらなかったので、意を決してドアを開けた。
 中に入り店員が声を掛けに来るのを待つが、一向に来る気配がない――というより、人の声も聞こえない。もしかすると、すでに営業を終えたのかもしれない、と不安になった。
 あきらは、とりあえず店員を見つけることにして奥に歩を進める。
 店外からはうかがい知ることもできないほど中は広く、四角いテーブルや丸いテーブルが乱雑に配置されていた。六脚の椅子で囲んでいるテーブルもあれば、二脚、三脚で取り囲まれたテーブルもある。椅子は背の高い物もあれば低い物もあり、統一感がない。色だって紅色や菜の花色、深藍とばらばら。ただ一つ統一されている箇所といえば、木製であるところだ。

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