今まで奇抜な空間に目を奪われ気付かなかったが、右奥の四角い深藍のテーブルに二人の男性が向かい合って座っているのを、あきらは見受けた。
そこまで届くか届かないかの音量で、「……すいませーん」と呼びかける。
二人の男は同時に顔をあきらに向け、左側に座る男が大きな声を出した。
「加藤!」
男は満面の笑みで大きく手を振り、加藤! ともう一度叫んだ。
自分のことを『加藤』と呼んだ訳ではないと思い、あきらは後ろを振り返る。しかし誰もいない。
こっちに来い! と言わんばかりに、男は大袈裟に手招きをしている。
あきらは真意がつかめないまま、男の傍まで歩を進めた。
「加藤。本当に来てくれてありがとう」と、感慨深い面持ちで言う。男は似合わない無精髭を唇の周りに生やしており、綺麗に手入れされていない乾燥した前髪を鬱陶しそうに手の平で払い除ける。
右に座る男も、あきらの右腕を軽く握りしめ深く頷いた。
あきらは自分が『加藤』と呼ばれている意味を理解できない。「あの……加藤って、誰ですか?」
二人は目が点になると、お互い顔を見合わせて笑い始めた。その様子に、煮え切らない。
「――あの、店員は?」
「店員?」右の男が言う。
「はい。この店の店員です」
「もう帰ったよ」
「帰った? じゃあ、あなたたちは誰なんですか?」あきらは怪訝そうに訊いた。
「おい、もうふざけるのはやめろ――とにかく早く飯を食って準備してくれ。皆、もう始めてるぞ」と言って、左の男は立ち上がる。「神崎。俺は二階の様子を見てくるからな」
神崎は、わかった、と返事をする。
そして男はあきらに一瞥して、早く食え、と言い二階に向かった。
神崎は半ば強引にあきらを椅子に座らせる。丸いテーブル席はこの空間にあるどのテーブルよりも一回り大きく、派手な色か何かで染め上げられてはいない。椅子も所狭しと並んでおり、簡易的に他の席に置いてある物を運んできたようだった。
卓上にはファストフードの紙袋が七つ置いてある。中を覗き込むと、適当に丸めた包み紙がたくさん押し込まれている。しかし、その中の一つだけ、ハンバーガーとポテトが二つずつ入った紙袋があった。それを見て自分が空腹であり、喉が渇いていたことを思い出した。