小説

『テシガワラ社長の止まらない朝』吉原れい(『裸の王様』)

 小学生たちを見て、テシガワラ社長の心に、一瞬、縋りつきたい気持ちがこみ上げた。
 しかし、しかしだ。
 小学生に助けられるなんて、情けないじゃないか。
「誰も、助けなんか求めてない!」
 テシガワラ社長はまたしても、救いの手を突っぱねてしまうのだった。

 パジャマ姿で歩き続けるテシガワラ社長を、警察や報道陣が乗ったヘリコプターが追いかけている。
「止まりなさい!」
 再三、警察から声がかけられるが、テシガワラ社長は止まらない。
 胸を張り、意地を張り、流れに逆らい、闊歩する。
 しかし、足はもう限界に近付いていた。履いていた靴下は擦れて穴が開き、その穴の周りには血が滲んでいた。

 目の前に大きなカーブが見えてきた。そのカーブの下は、どうやら断崖絶壁のようだ。しかし、テシガワラ社長は真っ直ぐにしか歩けない。曲がることなどできないのだ。
 テシガワラ社長はそのまま、ガードレール目がけて一直線に進んでいく。
 絶対絶命。
 テシガワラ社長の頭に、そのわかりやすい四文字熟語が点灯した。
 しかしテシガワラ社長を追いかけてきた野次馬や報道陣たちは、まさか止まれないとは思っていなかった。これはこの男のパフォーマンスであって、止まらないかと見せかけて、寸前で止まり、こちらを振り向いてドヤ顏でお辞儀をするのだろう。みんなそう思っていた。
 しかしテシガワラ社長には、そんなサービス精神は皆無である。テシガワラ社長の足が、ついにガードレールにぶつかった。そして、テシガワラ社長の体が前のめりに傾斜する。
 その瞬間、野次馬と報道陣たちの顏から笑顔が消えた。
 まじか。
 テシガワラ社長の足が地面から離れた。体がガードレールを起点に、その向こうの崖へと倒れていく。
 死。
 テシガワラ社長の頭に、そのわかりやすい一文字が点灯した。
 さすがのテシガワラ社長も、もう虚勢を張ることはできなかった。

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