小説

『テシガワラ社長の止まらない朝』吉原れい(『裸の王様』)

 AM5:30。テシガワラ社長の目覚まし時計が鳴った。
こんもりと盛り上がった布団の中から、青と白のストライプ柄のパジャマを着たテシガワラ社長の腕がにゅっと伸び、目覚まし時計を止める。程なくして、テシガワラ社長の妻・ナミコが入って来て、コップ一杯の水が差し出される。テシガワラ社長は半身を起こしてその水を飲むと、こう言い放つ。
「納豆! 卵がけごはん! 味噌汁! わかめたくさん!」
「はい、ただいま」
ナミコはテシガワラ社長の朝食を用意するべく、いそいそと部屋を出て行く。テシガワラ社長は再びベッドに横になり、五秒も経たないうちに、ぐーっと寝息を立てはじめる。そこに愛猫のアサヒがすり寄ってくる。テシガワラ社長は眠りながらもアサヒの肉球をぷにぷにと触る。これがテシガワラ社長のいつもの朝だ。

 テシガワラ社長は、今から五十五年前、電気機器会社社長の長男として産声をあげた。幼い頃から負けん気が強く、頑固だった。それでいて、どこかの社長のようにいつも偉そうにしていたから、六歳にして、『テシガワラ社長』というあだ名がつけられた。
 物心ついた頃から泣いたことは一度もなく、弱音を吐いたこともない。

 下の名前は、『満』と書いて『みちる』と読む。
「『みちる』なんて女みたいじゃないか!」
 これは、二十年前、テシガワラ社長がナミコとお見合いした際、「みちるさんのご趣味は」と口走ったナミコに、矢の如く放たれた言葉だ。ちょうどその頃、父に代わって代表取締役に就任したテシガワラ社長は、妻であるナミコにも、決して自分の名前を呼ばせることはなかった。今でも、テシガワラ社長を、テシガワラ社長以外の呼び方以外で呼ぶ者はいない。そのため、テシガワラ社長の下の名前を知っている者は、今やナミコしかいない。
 テシガワラ社長は出会った時から高圧的な男だったが、強引で気の強い男にとことん弱かったナミコにとって、テシガワラ社長はまさに理想的だった。ナミコは初めて会ったその日から、テシガワラ社長に一生ついていこうと決心した。

 テシガワラ社長は就任当時、自分よりも年上の部下たちから舐められることのないよう、とにかく胸を張り、意地を張り、自分が一度言った発言はどんなに理不尽で間違っていようと撤回したりしなかった。自分の意見は絶対に正しい。そうやってテシガワラ社長は、今の今まで社長であり続けた。そんなテシガワラ社長に反感を抱いた部下たちも少なくなかったが、彼らは皆、意見を申し立てたことにより、テシガワラ社長にクビにされてしまった。

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