小説

『テシガワラ社長の止まらない朝』吉原れい(『裸の王様』)

 川に流されたテシガワラ社長は、途中で大きな岩を見つける。なんとかそこまで流れ着き、その岩肌にしがみつき、上体を起こすが、歩こうとする足のせいで、その場に踏みとどまることができない。テシガワラ社長の手は岩から離れ、再び川下の方へと歩き出してしまう。
「ちくしょう! 何を考えているんだ、俺の足は!」
 とうとう自分の足に説教する始末である。

 しばらくすると、前方に、土手をジョギングをしている女性の姿が見えた。女性は立ち止まり、水分補給をする。流れに沿って川を歩いてきたテシガワラ社長に気付いた女性は、思わず飲んでいた水を吹き出した。
「な、何してるんですか?」
 女性がテシガワラ社長に尋ねる。至極真っ当な質問である。しかしそうこうしているうちにも、テシガワラ社長の足は川の中を邁進していく。女性は呆気に取られながらも、テシガワラ社長を追いかけてきた。
 しかしテシガワラ社長は、ここでもまた、「助けてくれ」の五文字が言えなかった。
「ウォーキングだ!」
「は?!」
 目をしばたかせる女性を尻目に、テシガワラ社長は川下の方へとどんどん進んでいく。
「でも、危ないですよ!」
 女性が呼びかける。至極真っ当なツッコミである。
「大丈夫だと言ってるだろう!」
 テシガワラ社長は不機嫌な声でそう返す。
「でもそんな格好で!」
 女性もしつこい。
「こういうトレーニングの仕方もあるんだ! 君はそんなことも知らないのか!」
 テシガワラ社長は堪らず怒鳴った。
 女性は納得いかない表情でテシガワラ社長の後ろ姿を見つめ、そしてやっぱり心配になって追いかけてくる。
「本当に大丈夫なんですか?」
「何度言えばわかる!」
「だって、そのままじゃ、風邪ひいちゃいますよ。手、貸しますから」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11