女性はそう言うと、土手の下まで下りてきて、川ぎりぎりのところで立ち止まると、傍に落ちていた長い木の枝を拾い、歩きながらテシガワラ社長の方へと差し出す。
「掴んでください!」
女性の差し出した木の枝を見つめ、テシガワラ社長は逡巡する。この枝を掴めば、川から上がれるかもしれない。
しかし、しかしだ。
女に助けてもらうなんて、情けないじゃないか。
こんな時に、こんな考えが浮かんでしまうのがテシガワラ社長なのだ。どんなことよりも、自分の面子が大事。それがテシガワラ社長なのだ。
「余計なお世話だ!」
テシガワラ社長は、そう言って、女性が差し出した木の枝を、バシッと手で振り払った。
女性は口をあんぐりと開け、川を闊歩するパジャマ姿のテシガワラ社長を見送った。
もうどれくらい歩いただろうか。テシガワラ社長は、気付けば川下に辿り着き、見知らぬ河原を一直線に歩いていた。足は依然として止まることなく、河原を抜け、電車の走る高架下を潜り抜け、ようやく一般道へと出た。
そこは車通りの激しい一方通行の道路だった。
テシガワラ社長は、向かってくる車に対してひるむことなく、堂々と胸を張り、歩いていく。
走ってきた車が、目の前から歩いてくるテシガワラ社長に驚き、停まる。
テシガワラ社長は曲がれない。真っ直ぐにしか歩けない。テシガワラ社長は、車のバンパーに乗り、そのままフロントガラスから車体上部へと歩き、車体後部まで来ると、車からぴょんと飛び降り、車道を歩き続ける。次に続く車も同様に、その車体を踏みつけるようにして歩き続ける。
テシガワラ社長は頭を下げたり、謝罪したりはしない。胸を張り、堂々と闊歩する。当然、運転手たちから野次や怒号が飛ばされる。中には追いかけてくる運転手までいたが、怒鳴られても、追いかけられても、テシガワラ社長の足は止まらない。どんどんどんどん、歩いて行く。
「おじちゃん何してるの?」
隣の車線に停まっていた車の窓から、小さな男の子が話しかけてきた。
「ウォーキングだ!」