小説

『テシガワラ社長の止まらない朝』吉原れい(『裸の王様』)

 テシガワラ社長はほっと胸を撫でおろす。しかし次の瞬間、テシガワラ社長の両足が、ピンッと天井に向かって伸びた。テシガワラ社長の上半身は、その反動でベッドに仰向けに倒れる。両足はピンと垂直に伸びたまま、右に倒れ、床に着地する。立ち上がったテシガワラ社長は、信じられないような顔で足元を見つめる。
「足が、勝手に……」
 テシガワラ社長の足は、勝手に前に進み始めた。あわあわするテシガワラ社長。しかしどうにもこうにも足に力が入らず、止まることができない。
 目の前には開け放された部屋のドア。その向こうには廊下の壁が待ち受けている。テシガワラ社長の足はそんなことなどお構いなしに、部屋の外へ向かって突進していく。
「ま、待て! 待てと言ってるだろう!」
 テシガワラ社長は開け放されたドアを出て、行きあたった廊下の壁に勢いよくぶつかった。顔面を思い切りぶち、痛みに呻くテシガワラ社長。しかし、足は止まることなく動き続けている。膝が上がる度、壁にガンガン当る。
「い、痛い! 助けてくれ! 足が! ナミコ!」
 声を聞きつけたナミコがやって来る。しかしナミコは、壁に膝頭を打ちつけているテシガワラ社長が理解できない。一体何をしているのだろうという顔で見つめている。
「壁から離してくれ! 早く!」
 ナミコは困惑したままテシガワラ社長に駆け寄り、その体を壁から離そうとする。何度か力を込めて体を引っ張ると、ようやくテシガワラ社長の体が壁から離れた。しかしその反動で、ナミコは床に尻持ちをついてしまう。
 廊下の先へと体が向いたテシガワラ社長は、今度は玄関へと向かって歩き出した。
「止まれ! 止まってくれ!」
 しかしテシガワラ社長の足は止まらない。テシガワラ社長は玄関のドアに向かって一直線に突き進んでいく。
 ドアにぶつかりそうになった瞬間、テシガワラ社長はドアノブに手を回し、ひねった。タイミング良くドアを開くことに成功し、再び顔面衝突することは免れたが、テシガワラ社長の足は止まらない。

 外へ出たテシガワラ社長は、通りを挟んで向かいに建つ一軒家へと、一直線に突き進んで行く。
「あ、開けろ! 開けてくれー!」
 その声が届いたのか、向かいの一軒家のドアが開いた。そこに現れたのは、ゴミを出しに来た寝巻き姿の婦人だった。
「ど、どいてくれ!」

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