小説

『ゴク・り』冬月木古(『桃太郎』『聖書』)

「どんぶらこ、どんぶらこ」
 媚を売るようにフリフリさせながら、大きなお尻のような桃が流れてきました。

 あ、階段を上ってくる音がする。食事の時間か。



「凜太郎、ご飯」
 部屋の扉の下に作られた小窓の前に食事を置いた。私がドアの前にいると、この小窓さえ開けない。階段を下りると、小窓が開く音がして食事を中に入れ、代わりに洗濯物が入った袋と、生ごみが入った袋と、そして排泄物が入った袋が、部屋の外に放り出される音がした。

「どんぶらこ、どんぶらこ」
 おばあさんは山に洗濯に。



 ママの声が直接ぼくの耳に入ることはない。この扉が一回受け止め、そして扉が部屋の中の空気を震わせ、ぼくの耳に入る。そういった意味でもぼくは誰とも接していない。窓は雨戸とカーテンで光は差し込んでこない。時間はパソコン、そしてママが運んでくる食事が知らせてくれる。テレビを観ることはない。季節は室温が教えてくれる。春の室温と秋の室温についての違い、同じ20度でも、それは分かるものだ。ネットを彷徨えばその時の季節は否が応でも分かってしまうし、その直前の季節によっても判別できるし、ママが夏にはスイカを持ってくるし、その後暑さが収まるとカキや梨を持ってくるし、春と秋の違いを、旬の果物が感じさせてくれた。

「どんぶらこ、どんぶらこ」
 桃の実は、秋の季語。

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