小説

『ゴク・り』冬月木古(『桃太郎』『聖書』)

「ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は……」もう最後は声にならなかった。

「やっと……」ふたりの嗚咽が、鮮やかに彩られたイースターエッグを机から転がり落とし、割った。

「神よ、長年私たちを守ってくださったこの家に感謝いたします。そしてこの家は明日、天に召されます。安らかに眠りたもう。そして私たちの罪を許し給え、ゆるしたまえ……アーメン」

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 黄色の大きな重機は朝8時きっかりに運ばれてきた。ロブスターのような大きなハサミを携えたそれは、聖書に出てくるあの獣だった。

「清森さん、中に大事なものはないですよね?最終確認、大丈夫ですか?」
 現場監督が言った。日焼けした泥のような色の顔の中に、本気で心配しているような要素はない。
「大丈夫です。始めてください」清森も感情なく、言った。

 そして獣は牙をむいた。
 ガガガッ、ガンッガンッガンッ……バリバリバリッ!
 けたたましい音を立てながら2階の屋根が破壊されていく。長年住んだ我が家が壊れていく。埃を防ぐための散水が、朝日を浴びて虹を作っていた。しかし清森には、自分の脳天が砕かれていくように感じた。気を失うわけでもなく、意識がはっきりしたまま、自分が壊されていく。いや、すでに自分は壊れていたのだ、と思った。

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 解体工事を見物しながら、奥様方たちはいつものようにおしゃべりをしていた。
「遥さん、もうすぐ退院よね」

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