小説

『ゴク・り』冬月木古(『桃太郎』『聖書』)

 でも、おかしい。あの施主は、娘さんがあの部屋にいたことを知らないわけがない。それなのに、中は大丈夫だと言った……もしや、大きな事件かもしれない。警察がそれを隠すために自殺ということにして、オレは帰された……そうだ、そうに違いない。現場監督は、門の前で、今まで事情聴取をされていた部屋をもう一度振り返った。

 しかし、清森夫妻も、釈放された。

 息子さんは自ら喉を掻き切って自殺されたようです、と刑事に告げられた。遺書が机の上にあったそうだ。そこにはこう、書かれていた。

20

 パパ、ママ

 親不孝のぼくを許してください。
 ずっと違和感を感じてました。
 男として生きていることを。

 部屋の中で女として生きていました。
 自分の部屋の中だけは、女でいられました。
 私にとって、それがやっぱり自然でした。
 部屋の中では、自分が男か女かを気にする必要がありませんでした。いつかすべて女になること、それだけを願って生きてきました。そしてパパとママが、それを認めてくれたらいいな、と思って生きてきました。

 でも敬虔なクリスチャンであるパパ、ママには分かってもらえないだろう、そうとも思ってました。密かな期待と絶望を、この狭い世界で行ったり来たりしていました。

 でも、リンゴが運ばれてきたときに、
 確信しました……

 

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