クスッと笑うと、それが孫の教育のことまで考えていることがおかしくて笑ったのか、納得している自分がおかしくて笑ったのか、よく分からなかった。
「アダムとイブのところの話しなんかも、話しとして面白いし、これからは国際人を目指さなきゃいけないし、聖書くらい読んでないとな。こっちも勉強になる」
ふたりは、まだ見ぬ孫を目前にして、生き生きとしていた。
15
病院の分娩室で、健次郎は遥の手を握り、励ましていた。
「ガンバレっ、もう少し、もう少しだ」
もう少しと思っているのだが、いまこの部屋には自分と遥だけだ。この状況で看護師がずっとついているわけではないことに、健次郎は驚きを感じていた。
つまり、まだまだってことか。
いつの間にか健次郎は、励ますことに疲れていた。ときより遥の握る力が健次郎のそれを上回ることで、眠っている自分に、はっと我に返った。
16
清森夫妻の自宅の解体予定日の前夜は、復活祭の日、イースターだった。最後の晩餐をとった夫妻は、自宅で清らかに礼拝をおこなった。使い慣れた聖書を開く。「ヨハネの黙示録、第13章1節」清森は静かに言った。その声は、少し震えていた。
「わたしはまた、一匹の獣が海から上ってくるのを見た。それには角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついていた」清森は続けて読みつづけた。妻は、泣きながらそれを聞いていた。ろうそくの柔らかい灯りに包まれて、夫も泣いていた。