お屋敷から運び出され、トラックの荷台にしっかりとくくりつけられたピアノは、秋晴れの空の下にさらされると、なんだか妙なものに映ります。
「まあ、あたしらに任せてくださいな」
おじいさんとおじさん、そしてピアノを乗せたトラックが裏門を出て、角を曲がって見えなくなるまで、わたしは手を振っていました。
(すぐに戻って来るからね)
そう心の中で唱えながら。
音楽祭の日がやってきました。
秋の空は高く、うろこ雲が並んでいました。
わたしは式服の白いネクタイを締め、壇上のピアノの前に立っています。わたしが礼をして椅子に座ると、会場は水を打ったように静まり返りました。
大きく息を吸い込んで、最初の一音を弾き出します。勢いのある、軽いスタッカート。ドヴォルザークの『ユーモレスク』です。調律したての鍵盤は心地よい重さです。
いつの間にか、世界はピアノとわたしだけになっていました。クラスがぎくしゃくしていたことも、お友達の視線も、どうでもよくなりました。
(だってわたしは、ピアノが弾けるんだもの)
そう、いつだって音楽は、わたしに素敵な時間を与えてくれて、たのしい気持ちを思い出させてくれるものだったのです。
ふと、隣に誰かがいるような気がしました。世界にピアノとわたしだけ、と思いましたが、隣に腰掛け夢中で指を動かしているのは、さくらでした。ピアノとわたし、それからさくらが、真っ暗ななか、星のように輝いています。
(ピアノが夢を見ている!)
わたしはうれしくなりました。
『連弾もいいわね』
さくらがにっこり笑います。
わたしたちの息はぴったりでした。これまでで最高の『ユーモレスク』でした!
しかし、演奏を終え、拍手が鳴り止んでも、わたしにはまだやることがありました。音楽の先生に止められる前に、わたしはおなかに力を入れ、ピアノにかぶさるようにして最初の和音を奏でました。