小説

『玉手箱の真意』よだか市蔵(『浦島太郎』)

 稜は半分本音、半分嘘でトメに応えた。我ながらうまい返答だ、これならしつこく質問もされまい、と内心で安堵する。
「…………」
 トメが無言になる。笑顔は消えたままだ。何やらいつもと様子が違う。どうしたのだろう、と稜が尋ねようとした瞬間、パッと笑顔が彼女に戻り、
「確かにこの悪ガキ然とした少年は、そうとうヤンチャしてそうだわねえ」
と揶揄うような目で稜を見た。
「あはは、若気の至りってやつで。お恥ずかしい」
「さてと。稜君、少し早いけど今日はもうあがっていいわ。なんだか私、頭痛が酷くなってきたから」
「え、大丈夫ですか? 俺に何か出来ることがあれば言ってください」
 突然にそう言われて、稜は驚きつつトメを気遣う。年齢を考えれば日々の体調不調も何らおかしくはないが、彼女がそれを訴えるのは、彼の記憶にある限り初めてのことだった。
「大丈夫よ、最近頭痛がよく起きるようになってねえ。歳は取りたくないものだわ。しばらく横になっていれば、たいていは直るんだけど」
「そうっすか。ならいいですけど……」
「ええ、心配してくれてありがとうね。それじゃあ、また来週もよろしくね」
「はい、お大事にしてください」
 稜はよろよろと寝室へ向かうトメを見送った後、食器を綺麗に洗って棚へと片付け、そっと退勤した。
(そう言えば、俺とタメらしいお孫さんは、今どこで何してんだろ。聞きそびれたな。それともう一つ、玉手箱というのもいまいちピンとこなかった。まあ、来週の雑談に加えればいいことか)
 それらのことはすぐに稜の頭を離れ、彼は息子の入園のことについて世の父親と同じように、あれこれと心配し始めた。

 翌週、稜がいつものようにトメの家に出向くと、そこは更地になっていた。



「前職は十年お勤めになったんですか。おもにどういった業務をされていたんですか?」
「それは……」

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