小説

『玉手箱の真意』よだか市蔵(『浦島太郎』)

 その結果は、あなたもお分かりのことでしょう。あなたは生活の基盤を失い、一家は危うく路頭に迷いかけている。また、次の仕事を探そうにも、今度は私と過ごした十年間がそれを阻害する。
 今まであなたがしてきたことは、いったい何だったでしょうか。そう、ひがな年寄りと無駄話をしていただけです。これは世間的には何もしていなかったに等しい。他の企業からすれば、あなたの経歴には十年分の空白があるようにしか見えません。
 私の計画は、さながら浦島太郎の玉手箱のように、あなたから十年分の時間を消し去ることに成功したのです。貴重な二十代の十年間を、あなたはまるまる失ったのです。
 これはあなたの人生を大いに狂わせることでしょう。例えば、私立保育園の入学金。無事に払い終えましたか? 勿論、それを払えばお終いではありません。これからしばらくは月々の高額な保育料が掛かるわけです。工面するのは容易ではないんですよ。辰宮商会などという、子どものままごと以下の会社を信じ切っていたようなあなたには、そんなことも分からないでしょうけれども。
 また、分不相応な良い生活を知ってしまったことも、あなたの呪縛になるやもしれませんね。そういった暮らしを一度味わってしまうと、その甘美な記憶が現実を受け入れる際の邪魔な障害となって、手足を引っ張り、付き纏うのです。それが竜宮城の見せるまやかしだったというのにです。
 これが、私の計画の全容です。
 あなたの人生が幸福の只中にある、まさにその瞬間に、あなたからそれを奪い、滅茶苦茶にしてやりたかったのです。
 でも、あなたはまだ幸せです。再起の可能性も無いわけではありませんからね。
 あなたによって時間どころかその命すら奪われたあの子には、それもありません。
 それでは、もう二度とお会いすることもないでしょう。
 あなたのこれからに破滅のあらんことを。 かしこ』

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