小説

『玉手箱の真意』よだか市蔵(『浦島太郎』)

 それから稜は再就職活動を始めたものの、一向に上手くいっていない。「十年もの歳月を老人のお喋りに付き合っていた」と宣う、客観的に見れば異様としか言い様のない経歴の三十路男を雇う会社など、あろうはずがなかった。
 それなりにあったはずの蓄えも、気が付けばあっという間に心もとなくなっていた。就職前からの趣味であるパチンコはこれまでもずっと続けていたが、会社員としての給料があることで、多少の買った負けたは家計の大事にまでは至らなかった。しかしそれも安定収入があってこその話である。
 僅かの間にすっかりやさぐれ、以前の性向に戻りつつある稜が数日ぶりにアパートに帰ってポストを覗くと、一通の封筒が入っていた。封筒の差出人欄には住所の記載が無く、ただ「辰宮トメ」と印字されていた。
 稜は目を見開き、その場でびりびりと封を破って中の書面に視線を走らせた。

『前略 人生の絶頂から転落し、如何お過ごしでしょうか。
 あなたからすればきっと突然のことで、何故こんなことになったのかと混乱されていることでしょう。
 最後の情けに教えて差し上げます。私、辰宮トメにはたった一人の孫が居ることはあなたもご存知のことと思います。
 実はあの子はもう、この世にはおりません。あなたによる虐めが原因で、中学校の卒業式当日、自殺をしたからです。
 あなたは卒業式、孫の通夜、葬式のいずれにも出席しなかったので、話の上でしか孫の死を知らなかったことでしょう。あの子は遺書にあなたの名前を残して自殺しましたが、その最後の言葉すら、あなたには届かなかったわけですね。
 先月、そう、私が家ごとあなたの前から姿を消してみせた前日のことです。私は玉手箱と称して、一つの段ボール箱をあなたに見せたことがあったのを覚えているでしょうか。
 あれは孫の遺品です。
 残念ですが、あなたはそれを見てもあの子を虐めたことはおろか、その存在すら思い出すことが出来ませんでしたね。私は気が遠のいていくのを感じましたよ。
 あの時、あなたが忽ち過去の過ちを思い出し、それを悔い、一言でも孫に詫びてくれれば、私はあなたを許そうと思っていたのです。これは本当ですよ。あなたには分からないでしょうけれど、人を憎み続けるのは、とても、とても疲れるのです。
 もう私は、憎しみの心から解放されてしまいたかった。しかし、そうはなりませんでした。
 孫の自殺した当時、あなたに対するもっと直接的な復讐を考えていた息子をなんとか宥め、私はとある計画を立てました。長きに渡る、悍ましき計画です。その最後の仕上げを実行に移したのが先日のこと。仕上げとは即ち、あなたの前から忽然と姿を消したことです。

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