小説

『豆の行方』多田正太郎(『追儺』森鴎外、『ジャックと豆の木』)

 巨大商社保有の、恵まれた水準のマンションも、家庭の気配が消えうせると、単なるコンクリートの箱に過ぎなかった。
 スコットランド駐在から、帰国し、豆の争奪に世界中、駆けずり回った。
 そんな人生に、どんな意味が?
 息子が、全国的に知られた、不登校生を受け入れる、キリスト教系の高校に入ったことを、妻の手紙で知った。
 テレビの朝ドラにもなった。
 スコットランドにまつわる、この国での、ウイスキー発祥の地だ。
 息子が、バグパイプを始めたことも、その手紙で、知った。』
 ここまで書き上げて、パソコンを閉じたのだった。
 と、男は、思い出した。

 豆の木を登り続けていた。
 もうじきだ、もうじき天空の怪物の住み家が、目に入るだろう。
 間違いなく、ジャックは、盗人で人殺しだ。
 妖精をうまく出演させて、父親の復讐劇に仕立てても、盗人で人殺しであることに、変わりない。
 などと、言ったら、反論する者も多いかもしれない。
 元話の、ケルト民話に戻ればいいんだよ。
 村荒らしの悪党の巨人退治の英雄伝説に。
 と、男は思った。
 男の手から。
 豆が落ちて、コロコロと転がった。
 一粒の豆。
 バラバラと。
 無数の豆に。
「鬼は外、福は内! 鬼は外、福は内!」
《 突然、赤いちゃんちゃんこを着たおばあさんがひとり、ずんずんと入って来る。
 ちょこんとあいさつして、豆をまき始めた。
「福は内、鬼は外」。

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