小説

『豆の行方』多田正太郎(『追儺』森鴎外、『ジャックと豆の木』)

 いったい、俺は?
 さらに、豆の木を登り続けた。
 天空の怪物の住み家。
 まもなく、この目に、入るだろう。
 と、男は思った。

 どこから、狂ったのだろう?
 そうだ、「豆」の原作を書いていたんだ。
『 一台のランドクルーザーがアフリカの大地を、すさまじい砂埃を巻き上げながら走り抜けていた。
 車体には、今や世界でトップのシエアを誇る日の丸企業である、巨大自動車メーカーの大文字社名ロゴが、読み取れる。
 海外向けの車体に、刻まれるものだ。
 後部座席で、睡魔に誘い込まれようとしていた男は、フロントガラスのちょうど中央あたりに、かなりの距離ではあるが、明らかに集落と思える、塊を認めた。
 それは、ほとんど点にすぎなかったが、意識が覚醒するのと併走して、みるみる大きくなってきた。
 やがて、耳障りなブレーキ音を伴って、車は停止した。
 砂埃がこびりついたドアを開けると、ムッとする異臭が、鼻腔を刺激した。
 車の慌しい到来により引き起こされた騒音が、止んだ瞬間、不自然に息を潜めたような静けさが、ほんの一瞬、その場を支配した。
 壮絶な、悪夢開幕前の、ほんの一呼吸とでもいえる、瞬間だった。
 号令が発せられたかのように、黒っぽいものが一斉に舞い上がったのだ。
 ハエである。
 久しぶりの、ご馳走に、食らいついているのを邪魔され、怒り狂うように、飛びのいたハエたちが、むさぼっていた物体が、男の目に吸い付いてきた。
 集落の、いたるところを、ハエが狂ったように飛び回りだした。
 数十体はあるだろう。
 人間の身体であったという輪郭は、まだかろうじて保たれているが、どれも、まぎれもなく崩れ溶け出し、干からびつつあった。

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