小説

『豆の行方』多田正太郎(『追儺』森鴎外、『ジャックと豆の木』)

 女性が数人ばらばらと出てきて、こぼれた豆を拾う。
「お婆さんの態度は極めて活々(いきいき)としてゐて気味が好い。》
 「福は内、鬼は外!」
 なんで。
「福は内」が、先なんだよ。
 え、鴎外先生。
 普通は、まず、鬼を追い出すだろ。
 なにか理由でも?
 無意識?
 意識して?
 たまたま?
 聞かせてよ、鴎外先生。
 と、男は思った。

 ある、もの書きは、言った。
 自分の、心の形に合うように、物語を作っているんだ、と。
 意識せずに。
 直面した、非常に困難な現実。
 そんな事態の時とかに、だと言う。
 いやいや、意識しても、だよ。
 と、男は思った。
 人の、無限に多様な、行動や経験、そしてエピソード。
 それらの、隠蔽の中から、己が、顔を出す。
 残りの大半は、語られずに。
 だから、常に、語りなおせる、のだ。
 男の手から。
 再び、豆が落ちて、コロコロと転がった。
 一粒の豆。

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