小説

『青い月』冬月木古(『おむすびころりん』『鼠浄土』)

 最近、たまに話しかけてくるカミサンは、いつも怒っている。赤く腫れた目で睨みながら、なんで?なんで、あなたは、と声を荒げる。

「すまない、と思ってる。でも家族のために、一生懸命だったんだ」
 私が答え、続きをしゃべろうとすると、カミサンは私のことなど目の前にいないように、ため息をついて立ち去っていった。息子と娘も、私に気を使ってか、チラリとこちらを向くが、言葉も発することなく、その場を去る。家族のため、そんな都合のいい言葉が、家族から信頼を奪っていく。

 この公園に初めて来たのは、5歳くらいだっただろうか。幼稚園のころだったはずだ。ラグビーを初めてやったのもこの公園だ。小学校に入る前に骨折した。冷やかす奴がいたけど、班長の6年生がそいつに「骨が折れてるんだから仕方ないだろっ!」と言ってくれた。
 1年生のとき、好きな女の子がいた。それが初めての恋だったのだろう。時系列に、そして非時系列に、思い出はあふれ出てきた。いったいどれだけの人と出会ってきたのだろう。たしか携帯に登録している人数は600ほどだった。出会った全ての人が登録されているわけではないから、数千というレベルだろう。親友と呼べる人間は、いたのだろうか。こちらが親友だと思っていても向こうが思ってなかったら、そう考えると、親友と呼べる人間はいない、と言っておくのが、クールさも手伝ってカッコいい答えなのだが、今の若いのは逆で、自分が孤独であると思われるのが怖くて、お互いが親友契約を結んでいるような感じがする。そんなことを考えながら湧き出てくる思い出と共にいろんな感情が沸き起こった。楽しかったり、悲しかったり、淡かったり、切なかったり、痛かったり、嬉しかったり。でも今までの人生、とびきり素晴らしくはないかもしれないけれど、幸せだったと思う。しかし、今、幸せだった思い出に、幸せだったはずの思い出に、幸せだと思い込んでいる思い出に、何か引っかかるものが、確実に横たわっていた。それがはっきりと認識できずにいると、ジワリと汗ばんだ、気がした。

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