僕は靴を取り出し、これで今日も終わりか、と途方に暮れた気持ちになる。いつから僕はこの日をこんなにも特別な日のように感じ始めたのだろう。幼いときはお菓子が貰えるラッキーな日くらいにしか考えていなかったはずだ。甘いモノがただ好きなだけだった。
大きくため息をつきながら、外靴に足を入れると、足裏に何だか固い感触がした。画鋲でも入っているのではないかと、不安になりつつ、僕は履いたばかりの靴を脱いで中を確認する。
靴の中には、ファンシーな包装紙に包まれたチロルチョコがぽつんと据えつけてある。錘台形のソレを指でつまみだす。埃っぽい下駄箱の周りの空気が、そのチロルチョコの周囲だけ変に緊張しているような気がした。僕は何の気なしにしばらくソレをぼうっと眺めていた。
これはどうしたものかと考える。どうするのがいいだろう。
――それをそっと口に含んで、何食わぬ顔をして外に出る。――
僕は変にくすぐったい気持ちがした。「食べようか。そうだ食べてしまおう」
僕は包み紙を開け、焦げ茶色のソレを口の中に放る。硬くて苦くて偏屈そうな外見とは裏腹に、舌の上で幸せが溶け出すような柔らかい甘さを感じる。そうしてそのまま、下駄箱にまた明日な、と手を振り、玄関口からすたすたと出て行く。
変にくすぐったい気持がいつもの坂道にいる僕を微笑ませた。顔を上げると、明るい景色が視界に映る。夜に溶け込んでいく街はまだ遊び足りないと主張するかのように街灯やらネオンサインやらが灯りだしている。両手の親指と人差し指とでカメラを模して、熱を持って彩られる街の風景をファインダーに収める。
街明かりに照らされるなか、僕の下駄箱へ焦げ茶に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な乙女のことを想像する。一体どんな顔をしてアレを置いたのだろう。ククっと笑いがこみ上げてくる。僕の心臓は――きっとその乙女の思惑どおりに、大爆発を起こしそうなくらい脈打ち続けている。もしかしたら彼女も同じ気持ちだろうか。こんなイタズラを企む彼女は一体どんな人だろうか。
僕はこうした想像を熱心に追求しながら、カラフルに色づき始めた街道を跳ねるように下っていった。