小説

『青い血、赤い鱗』東村佳人(『赤いろうそくと人魚』)

 二人は海面から半身を出した母を、長い銛で突き刺した。貫かれた切っ先から滴る母の血は、夜明けの海よりも澄んだ青だった。

 海岸の港町、海の神を祀った小さな宮のある山の麓に、さびれた蝋燭屋が一件、老夫婦に営まれている。宮への参拝客はここで蝋燭を買い、山を登っていく。
 店の老夫人は参拝の帰りに、石段の中腹、その繁みの陰から微かな泣き声を聞いた。人の声よりもずっと穏やかで、ずっと通る声につられるようにそちらへ寄ると、青い紋様の衣に包まれた赤子が、一人、愛らしい瞳を潤ませて老夫人を見つめた。
「どうしてこんなところに――。可哀想に」
 その手には菖蒲の花が握られていた。
 老夫人はその子を家に連れ帰り、夫に一部始終を話して、育てようと持ち掛けた。
「わたしたちには子供をおりませんし、きっと神様が授けてくださったのでしょう。捨て子ではあるけれど、大切に育てようじゃありませんか」
 その話を聞いた夫は二つ返事で頷いて、
「それは確かに、お前の言う通りだ。神様からの授かりものなら、大切に育てなければ罰が当たる。おぉ、よしよし」
 と言って、赤子の頭を撫でた。
 そのとき、赤子を包んでいた衣がはらりとはだけ、その下半身が露わになった。
「なんと、これは――」
 その胴から下には小さな脚ではなく、魚と同じ豊かな鱗と尾があった。
「これは、人間の子じゃあ、ないが」
「わたしもそう思います。でも、人の子でなくても、なんとも可愛らしい女の子ではありませんか。姿形は関係ありませんよ」
 一度は驚き目を剥いた夫も、妻のその言葉に咳払いを一つして賛同した。
「いいとも、なんでも構わない。神様の贈りものなら、大事にして育てることに変わりはないのだからな」

 人魚の成長は目を見張るほど早かった。僅か三年足らずで夫人と同じ背丈にまで達し、やはり理知的な容貌と、見るものを唸らせる見事な所作を身に付けた。名前は「あやめ」といった。彼女が拾われたときに握っていた花から名前が取られ、そのときから二ヶ月もすれば言葉を話せるようになっていた。

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