無様なうめき声。鞄に涎か鼻水がついていたら即行捨てようと、一秒で決意。
わたしはかんちゃんの手を掴んで駆け出す。
冷たい汗に濡れた、わたしと同じ小さな掌。
「千由紀?!」
「走って!」
カンカンカン!かんちゃんの細いヒールがアスファルトを削って悲鳴を上げる。
駐車場から大通りへ。道に迫り出した看板、手を繋いでノロノロ歩いているカップル、目をチカチカさせる電光掲示板の海を掻き分けて、わたしたちは全力で走る。
「もっと速くして!追いつかれる!」
「追いかけてなんか来ないよ!ドラマの見過ぎ!」
「うるさい!かんちゃん足遅い!元リレーの選手のくせに!」
「スニーカーとピンヒール比べンな!」
柄の悪い怒鳴り声に、わたしは声を上げて笑う。
かんちゃんは昔から口が悪かった。足が速くて気が強くて、男子に付けられた渾名は『男女』。うるせえ弱虫って言い返すかんちゃんは、いつだって服の裾を強く握っていた。
嫌なことを我慢する時のかんちゃんの癖。不安と緊張と怯えのサイン。
さっきもそうだった。だからかんちゃんは、多分まだゲートを越えていない。
かんちゃんを引っ張りながら、ヘブン・ゲートを潜り抜ける。出ていく人より入っていく人の方が多い、まだ夜も浅いから当たり前。
でもわたしは出ていく側だ。かんちゃんを、ここから引きずり出す側。
ロータリーを突っ切って、さらに反対側へ。息が切れて喉が痛む。ひりつく舌には微かに血の味。
「千由紀、休憩!ヒール、折れる!」
悲鳴を上げたかんちゃんに強く腕を引かれて、やっと足を止めた。
そこは一番通りのアーケード。昼間はそこそこに賑わいがあるのだけれど、この時間になるとさすがにしんと静まり返っている。駄菓子屋の前に取り残された木の長椅子が何処か寂しげだ。
かんちゃんは長い脚を投げ出すようにしてそこに腰掛け、ふううっと息を吐いた。