小説

『ヘブン・ゲート』木江恭(『羅生門』芥川龍之介、『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 週一回、水曜日のみ。それがバイトを始める時の両親の条件だった。
 ゆっこに誘われて始めてみたティッシュ配りのバイトは、立ちっぱなしなのがしんどいけれど意外に面白かった。ちなみに言いだしっぺのゆっこは、寒くて我慢できないと十一月から一度もシフトを入れていない。
 今日もノルマの詰まった箱を歩道脇に置き、わたしはせっせとティッシュ配布に精を出した。今日の受け持ち場所は一番通り。東口前の通りはロータリーを中心に放射状に伸びていて、一番通りはヘブン・ゲートのほぼ真向かいに当たる。
 先週見かけた姿が頭を離れなくて、わたしは通行人が途切れるたびにヘブン・ゲートをちらちら見てしまう。
 ゆっこは菅田恵那が援助交際をしていると言っていたけれど、少なくともわたしの知っているかんちゃんだったら、そんな疑いをかけられただけで怒り出す。それを言うなら、あんな風に制服を着崩したり高価なアクセサリーを身につけるタイプでもなかったけれど。
 かんちゃん、ホントに変わっちゃったんだなあ。
 ぼんやりしている最中に、誰かにぽんっと肩を叩かれた。
「東田先輩。お疲れ様です」
「お疲れ、片山さん。魂飛んでたけど大丈夫?」
「と、飛んでないですよ!」
 空の段ボール箱を二つも抱えて立っていたのは、大学生の東田先輩だった。色白で草食系の優しい顔立ち、見た目通りの話しやすい性格で、ゆっこに至っては「イケメンが一緒だから頑張れる」と真顔で断言していたくらいだ。寒さには勝てなかったらしいけれど。
「まだ残ってるんだ。手伝うよ」
「え、でも悪いですよ、先輩は終わったんですよね」
「いいよ、あんまり遅くなると心配だから」
 先輩は段ボール箱をわたしのノルマ箱の横に置くと、まだ二十個ほど残っていたティッシュをかき集めた。わたしだと片手に七、八個が限界だが、先輩はその倍くらいは持っているように見える。
「ありがとうございます。先輩、手大きいですね」
「はは、一応男だからね」
 折角先輩がスタンバイしてくれたのに、今度は人通りがぱったり途切れてしまった。帰宅を急ぐサラリーマンやOLも、電車が来ない限りはなかなか通らないのだ。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13